ひめゆり学徒隊として沖縄戦に動員され、戦後その悲惨な体験を語り部として伝え続けた宮城喜久子さんが12月31日午前6時16分、卵巣がんのため那覇市内の病院で死去した。86歳。うるま市勝連出身。告別式は4日午後4時から5時、浦添市勢理客、フェニックスホール玉泉院で。喪主は次男淳(じゅん)さん。

宮城喜久子さん

 1945年、県立第一高等女学校4年在学中にひめゆり学徒隊として南風原陸軍病院に動員される。戦後、教員として高江洲小、宜野湾小などで35年勤務。84年から体験を語り、沖縄戦を伝える活動を始める。ひめゆり平和祈念資料館の建設に関わり、同館の運営員、証言員として活動、副館長などを務めた。