「神の島」といわれる南城市・久高島で、電動車いすを走らせる白髪の男がいる。眼光は、余命1年とは思えないほど鋭い。映画監督の大重(おおしげ)潤一郎さん(68)=那覇市。半世紀にわたり島に通い続け、遺言ともいえる3部作「久高オデッセイ」の撮影がクランクアップした。(矢島大輔)

電動車いすで移動する大重潤一郎さん(左)と、助監督の比嘉真人さん=5日、久高島

イザイホーの最後の経験者である神人たち(手前3人)が引退する儀式。大重さんも近くで見守った=2008年、久高島

電動車いすで移動する大重潤一郎さん(左)と、助監督の比嘉真人さん=5日、久高島 イザイホーの最後の経験者である神人たち(手前3人)が引退する儀式。大重さんも近くで見守った=2008年、久高島

 5日、久高島。本来は12年に1度の秘祭「イザイホー」が行われるはずだった広場に、大重さんの姿はあった。

 視線の先には、涙を流す白装束を着た若い女性。彼女は神人(かみんちゅ)で、島の祭祀(さいし)を司(つかさど)る。後継者不足のため、島最大の神事が行えなかったことを神にわびていた。

 「この島にはよ、太古から人間がいかに生きてきたかを示すものがあるんだよ」と、大重さんは言う。

 鹿児島県出身。岩波映画製作所で学び、独立。神戸市に住んでいた1995年、阪神大震災に遭遇した。高層ビルがなぎ倒され、壊滅状態の街を歩き、文明の非力さを痛感した。一方、アスファルトのひび割れから芽吹く、植物に勇気づけられた。

 久高島には半世紀近く前から通っていた。親交のあった写真家、故・比嘉康雄さんの遺言を記録するため、2000年に本格的に島に渡った。命がけの漁に出る男たちの無事を祈り、神事を続ける女たち。やせた土地で、わずかな恵みを分かち合う原始共産制のなごり。聖地への立ち入りを禁じる畏敬の念。「日本人の魂の原郷」という比嘉さんの言葉にうなずいた。

 02年に島に移住し、「久高オデッセイ」の撮影を始めた。強烈ないびきについて近所から苦情を言われながら、島民と泡盛を酌み交わし、打ち解けていった。

 04年に脳出血を起こし、右半身がまひ。17回のがん手術を経て、昨年末に余命1年を宣告された。それでも、電動車いすにカメラを据え付け、医者の制止を振り切って島に戻った。神秘的な祭祀が注目されるが、むしろ何げない日常の風景にこそレンズを向けた。

 「失っちゃいけないものが地下水脈のように流れている。現代の荒波を乗り越えていくヒントを映し出したい」

 叙情詩の意味を込めたタイトルの映画は2部まで公開され、今春に3部が完成する。「日本一眠くなる」と評されるほど、太古のリズムを刻むようなゆったりとした描写が印象的だ。

 5日、神人の祈りが終わると、辺りは静けさに包まれた。大重さんは石垣の上に咲こうとするハイビスカスのつぼみに気付き、そっとカメラを向けた。

 【久高島】琉球開びゃくの祖アマミキヨが天から降り立った伝説から「神の島」と呼ばれる。琉球王国の頃から祭祀が盛んで、12年に1度、島の女性30~41歳が神女「ノロ」を頂点とする祭祀集団の一員となる秘祭「イザイホー」で全国的に知られる。過疎による後継者不足が深刻となり、1978年を最後に途絶えた。周囲7・8キロの土地に、現在は273人が暮らす。