名著『神と村』を著した民俗学者の故仲松弥秀さんは1995年8月、本紙のインタビューに応じ、「神は遠くへ行ってしまった」と嘆いた。 復帰後、目立つようになった拝金思想や物質崇拝、効率主義。中央集権的な上下思想。このままでは沖縄は心のよりどころをなくしてしまうのではないか、と警鐘を鳴らしたのである。

 あれからちょうど20年。沖縄の文化状況はどう変わったのだろうか。

 島の共同体を支えていた祭祀(さいし)や、暮らしに息づいていた独自の神観念は復帰後、生活様式の都市化、本土との均質化などによって、急速に変質した。

 しまくとぅばや神観念は、文化の基層をなす重要な要素であるが、その基層の部分が著しく変化し失われつつあることは否定できない。

 地域共同体の濃密な人間関係やお隣同士のつきあいも、急速に薄れてきた。

 家庭行事に関する「ハウツー本」が売れるようになったのは、夫婦共働きの核家族化が進み、家庭祭祀の伝承が困難になったことを物語る。

 経済のグローバル化と新自由主義改革が、変化を加速させている側面もある。沖縄本島の返還跡地には、どこも似たような「郊外型店舗」が立ち並び、便利にはなったが味気なくなった。

 沖縄の新しい文化創造の試みは、「沖縄らしさの喪失」という文化の危機のただ中で、危機を克服する試みとして取り組まれている点に特徴がある。

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 復帰20周年にあたる92年、首里城が復元された。文化と観光を結びつける文化の観光化は世界的な潮流であるが、沖縄でもこの動きが加速している。

 文化の観光化が成功するためには、値打ちのある独自の文化が存在していることが前提だ。三線、エイサー、空手も、沖縄の独自性というだけでは人は飛びつかない。

 八重瀬町の志多伯に伝わる獅子加那志豊年祭は、組踊や獅子舞、棒術、現代喜劇など演目が30近くもある。代々、受け継がれてきた組踊などの演目は水準が高い。

 お盆のウークイの日に披露されるうるま市勝連の平敷屋エイサーも、年上方(シージャカタ)が若い衆を指導し古い形を継承することで沖縄の代表的なエイサーになった。 地域間で文化力を競う時代は、その中身が厳しく問われる時代でもある。一に人、二に人。地域の文化力を高める上で重要なことは、リーダーをつくり人を育てることだ。

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 地域の伝統芸能に触れることで、絆が深まり、地域の文化に対する誇りと愛着が芽生える。郷土意識や誇りを育む上で、しまくとぅばの復興問題は避けて通れない。

 ただ、地域固有の生活語としてのしまくとぅばを復活させるのは至難の技である。沖縄芝居を普及させることや、先祖が残した「黄金くとぅば」を編集して学校や家庭に常備すること、沖縄の自然にまつわる固有名詞や感情表現などを辞典化し伝えていく、ことなどから始めたい。