阪神大震災から20年を前に神戸市内を歩いた。震災前とは風景が一変した地域も多い

▼住宅街は区画整理され、似たような新しさの家々が整然と並ぶ。古い建物が一軒もない不自然な街並みが、被害のすさまじさを物語る

▼「阪神大震災を記録しつづける会」が震災4カ月後に出した被災者手記集の第1巻には「天国へ行ったのんちゃん」が掲載されている。当時5歳の長女を亡くした母親の手記。わが子を救えなかった悔恨や幸せだった日々を思い出す苦しみがつづられ、読むたびに胸が締め付けられる

▼手記集は10年目で途絶えていたが今年、10年ぶりに第11巻が発行された。母親は「20歳になった娘はどんな女性になったでしょう。友達もたくさんいるでしょう。ひょっとしたら彼氏もいるのかもしれません」とつづる

▼毎日食事を供え、誕生日も祝い続けてきたが、20歳を区切りにやめたという。20年目の手記には亡き娘を今も思い続ける切なさと、前を向いて生きようとする気持ちが交錯する

▼11日付本紙特集面で沖国大特別研究員の稲垣暁さん(54)は「百人いれば百通りの悲しみがある」と書いた。その一つ一つのかけがえのなさを思えば、簡単に「寄り添う」などとは言えない。「私たちは生かされた。亡くなった人の分まで大切に生きよう」。稲垣さんの言葉の重さをかみしめたい。(田嶋正雄)