恐れていた事態が現実化しつつあるように思えてならない。米軍普天間飛行場移設に伴う名護市辺野古での新基地建設に向け、沖縄防衛局は本格的な海上作業を再開した。

 米軍キャンプ・シュワブゲート前では15日未明、資材搬入を阻止する市民と県警機動隊らが激しくもみあった。同日朝には、80代女性が機動隊から排除される際に頭を打ち病院に搬送された。

 ゲート前を封じる県警機動隊や海上保安庁の巡視船がにらみを利かせる辺野古の現場に立つと、11年前の政府対応との違いを痛感する。

 那覇防衛施設局(現沖縄防衛局)は2004年4月19日に辺野古沖のボーリング調査を予定していた。ところが、反対住民らが辺野古漁港に結集したため着手を断念。4月26日には当時の小泉純一郎首相が国会で「できるだけ住民の気持ちを推し量りながら、円滑な形で必要な事業は行っていかなければならない」と答弁した。これを受け、施設局は結局、同年9月まで調査を延期する。この間、施設局幹部が辺野古漁港を訪れ、座り込みを続ける人々に調査への理解を繰り返し求めた。

 当時の県知事は調査にゴーサインを出し、名護市長も資材置き場としての港の使用を許可していた。

 今はどうか。昨年の名護市長選、名護市議選そして県知事選、県議補選名護市区、さらには12月の衆院選でいずれも「移設反対派」が完勝した。にもかかわらず、政府は「住民の気持ちを推し量る」どころか、露骨なごり押しを図るようになった。

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 この事態をどう受け止めればいいのか。

 作家の辺見庸氏は12年5月の本紙インタビューで「事態はどのみちもっと剥(む)きだされてくる。(中略)結局、他人事(たにんごと)で済まない対決か闘争というのが、本土にも沖縄にも出てこざるを得ないのではないか」と予見している。

 まさに今、政府は「沖縄の理解を得る」という建前もかなぐり捨て、政府の論理をむき出しにしている。

 辺野古移設に反対する県民も当然ながら、民主主義という価値観を共有する国民の一員だ。その民意を、むき出しの敵意と権力で封じるやり方は、民主主義国家にもとる行為と言わざるを得ない。

 このまま工事が進めばどうなるか。沖縄の民意も「むき出される」しかなくなるのではないか。県民と政府の亀裂がさらに深まり、逮捕者やけが人が出るだけでは済まない事態も懸念される。

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 辺野古移設を強行する安倍政権は、全国世論の反発が高まらなければ問題ない、と捉えていないか。その認識は甘い。新基地を造ってしまえば何とかなるという発想もやめたほうがいい。地元の民意を踏みにじり、犠牲者を出して造る代替施設は住民の敵意に囲まれることになる。沖縄に基地を造る以上、地元の同意や理解が不可欠だという、歴代政権が示してきた道義から逸脱するのは賢明ではない。

 県内移設なき普天間閉鎖は県民の譲れない線だ。移設工事を中止し、翁長雄志知事との対話を始めるべきだ。