この朝刊が配達されるころ、神戸市をはじめ各地は鎮魂の祈りに包まれているであろう。17日で阪神淡路大震災から20年となった

▼1995年1月17日午前5時46分。激しい揺れが襲い、6434人の犠牲者を出した。都市を襲った大災害は、3月の地下鉄サリン事件とともに戦後半世紀を迎えた日本社会を揺さぶり、安全神話を崩壊させた

▼震災から2年後、神戸市を訪ねた。出会った20代男性は2歳下の恋人を震災で失い、救えなかったことで自らを責め続けた。「最近、生きていてもいいんかなと思うようになった」と語っていた

▼遺族は故人への強い思いを胸に抱える。朝日新聞社と関西学院大による遺族の意識調査(同紙10日付朝刊)で「どうしようもないほど恋しく、いとおしく感じることがある」や「家族が亡くなり、自分が助かったことに後ろめたさを感じたことはある」とする回答が多かった

▼被災地の神戸新聞は16日、20年間の実体験や取材の蓄積を踏まえ、(1)市民主体の復興の仕組みを確立(2)防災省の創立(3)必修科目「防災」の導入-など六つの提言を公表した

▼序文で「『災害とともに生きる覚悟』を強く持たねばならない」と訴える。覚悟がなければ、命を守り、次代に伝える思想を醸成できないからだ。その覚悟を共有し、防災に向き合いたい。(与那原良彦)