琉球放送(RBC)の創立60周年特番「国仲涼子がたどる琉球の石 地図伝来の謎」が17日午後4時から、TBS系列で全国放送される。正確な日本の姿を明らかにした伊能忠敬の全国測量に先駆け、琉球を描いた地図「琉球国之図」に迫る内容だ。当時の技術や時代背景について沖縄県立博物館・美術館の安里進館長に聞いた。(聞き手=学芸部・与儀武秀)

県立博物館・美術館で展示されている琉球の測量機器(レプリカ)を前に解説する安里進館長=那覇市おもろまち

 -1821年の伊能忠敬らによる日本地図の完成前、1737年に琉球の測量(乾隆検地)が始まる。

 「17世紀フランスで三角点を利用した測量技術が開発され、18世紀初めに清朝(中国)の康煕帝がフランスから測量士を呼び、世界初の国家的測量をした。その技術が琉球に入り、先進的で精度の高い地図が作られた。首里王府が平等に土地を配分する必要性などから、正確な地図が必要だったと思う」

 -琉球の測量技術は。

 「今の三角点にあたる印部(しるび)石を設置し、間切単位で測量をした。琉球で約1万個設置され、恒久的で王国が滅びるまで使われていた。当時このような測量方法は自分が知る限り世界のどこにもない。技術は琉球風に独自にアレンジされ正確な地図作成に生かされたと思う。県立博物館・美術館でも現在、常設展示室で当時の測量器具や地図などの関連展示をしている」

 -琉球の地図から今日の私たちが得られる示唆は。

 「正確な地図作りは先見性や計画性、構想力がなければできない。独立国家を背負う先人の気概と実行力が感じられる」