阪神大震災直後の神戸で、そこに暮らす人々の機微を写真で記録した人がいる。神戸港にあった神戸植物検疫所に勤めていた前田朝達さん(70)=大宜味村=は、変わり果てた神戸のまちを一眼レフカメラを抱えて歩いた。レンズを向けたのは、がれきのまちで助け合い、踏ん張って暮らす人々。被害の大きさを伝える新聞やテレビとは違った、生活者の目線で切り取られた神戸が記されている。(榮門琴音)

冊子を見て、震災を振り返る前田さん(右)と妻の峰子さん(65)。地震発生時刻の午前5時46分の家族の行動も克明に記している=14日、大宜味村の前田さん宅

 神戸から直線距離で約20キロ離れた明石の職員宿舎で被災した。食器が散乱し宿舎にひびが入ったが、けがはなかった。職場を目指し、六甲山側から遠回りして神戸に入ったのは、2日後の19日。当初、職場の被害状況を記録するため手にしたカメラで、その後3カ月は人やまちを収め続けた。

 震災直後のヘルメットとスニーカーの通勤スタイル、軒下で始まった定食屋、あたたかいコーヒーを無料提供するドーナツ店…。新聞やテレビで被害の大きさが伝えられているころ、前田さんが撮影した写真には、人々のたくましさや優しさが写る。

 「焼き魚定食700円」。軒下の定食屋の写真には人々の記憶には残らないような暮らしの細部の情報を添えた。すべて、ボランティア活動時や休日を使って記録したものだ。

 前田さんは写真とメモでつづった冊子「阪神大震災の記録」をめくりながら、「20年ですか。みんな生きるのに一生懸命、どうにかしようと必死で、支え合っていた」と振り返る。

 退職後に戻った地元で、関西からの高校生を民泊で受け入れた。震災を知らない子どもたちに当時のことを知ってもらうのに冊子が役立った。

 20年を経て少し黄ばんだ冊子を手に「まさかこの記録が日の目を見るとは。何かの役に立てればうれしいです」。