10歳の少女が自爆テロなんてことがあっていいのか。ナイジェリアの市場で先週、女児に装着された爆弾が爆発する事件が2日連続で起こった

▼自分の体に何が巻かれているか知らず、遠隔操作で自爆を強制された可能性が高いという。「悪魔の所業」という言葉が頭をよぎる

▼イスラム過激派「ボコ・ハラム」の関与が疑われている。昨年4月に学校を襲い、多数の女子生徒を誘拐した組織だ。どんな宗教や思想であれ、安全な所から起爆装置を作動させた大人がいたかと思うと、その卑劣さに怒りがこみ上げる

▼「われは知る、テロリストのかなしき心を」。石川啄木の100年以上前の詩「ココアのひと匙(さじ)」は、こんな一節で始まる。明治天皇暗殺を企てたとして、多くの社会主義者や無政府主義者が冤罪(えんざい)で処刑された大逆事件を詠んだ作品といわれる。「奪はれたる言葉のかはりに おこなひをもて語らむとする心」と心情を寄せている

▼いかなる背景であれ暴力を肯定はできない。自身の命を懸けることすらなく、弱者である子どもを「爆弾」にする現代のテロリズムには、啄木も厳しい見方をしたに違いない

▼アフリカでは幼くして誘拐され、兵士として育つ子もいるという。実行犯にはそんな人間がいるかもしれない。テロを生み出す土壌をなくしていく必要を痛感する。(田嶋正雄)