平成26年、国は「子どもの貧困対策推進に関する法律」を施行し、それに伴い、沖縄県も有識者による「子どもの貧困対策に関する検討会」を開き、この課題に対する認識を深めるとともに、具体的な支援について意見交換を行ってきた。また、沖縄県の調査により、県内の子どもの貧困率は29.9%で、子どもの3人に1人が貧困状態であるとの結果が報告されたことを受け、市町村や民間団体、企業や個人がこぞって子どもに対する何らかの支援を始めている。

 この大きく激しいうねりの中、今、そしてこれから、私たちがなすべきこと、なし続けなければいけないことは、一体何だろうか?

 当法人では平成25年7月より、那覇市内の生活困窮世帯(生活保護を含む)の中高生で、不登校状態にある子どもたちが通う居場所「kukulu」を運営している。現在は経済的に困窮していない世帯や、那覇市外からの子どもも受け入れているが、子どもたちが抱える背景は様々で、多重で複合的な課題が絡まり合っていることがわかる。

 子どもたちが抱える貧困には「経済的貧困」「文化的貧困」「社会的貧困」の3つの側面がある。

 「経済的貧困」は、文字通り経済的に困窮している状態で、誰でもが一番最初に想像する、いわゆる「貧困」である。ただし金銭面については、生活保護の制度を活用することで最低限の生活保障がされることもある。

 「文化的貧困」は、その家庭独自につくられるもので、子どもへの養育面や生活環境、習慣などに現れてくる。例えば、深夜徘徊する少女の母親が「私も若いころは夜遊びしてましたから」と言い、そもそも注意すべきこととして認識していなかったケースや、子どもがお腹をすかしているので朝食を食べさせることを提案したら「それは法律で決められているのですか」と攻撃的に返されたケースなどがあった。後にわかったことだが、その母親は精神的に不安定で、本当は子どもに朝食を用意したいが、体調が安定しないため毎日食事の準備ができないことを打ち明けてくれた。母親が最初に私に対して攻撃的だったのは、関係機関から散々注意されていたためだった。

 「社会的貧困」は、上記の母親のように関係機関から注意されたり、助けを求めることを恥として社会資源をシャットアウトしたり、そもそもつながる術を知らないことなどで起こる。「社会的貧困」が起こると、地域や行政、教育機関などの様々な支援やサービスから切れてしまい、世帯ごと孤立状態になるため、経済的・文化的貧困がさらに進み、深刻な負のスパイラルに陥ってしまう。

 私たちは子どもの自立の阻害要因としてこの3つの貧困が複雑に絡み合っていると考え、現象化した問題への対処療法ではなく、複眼でとらえた横断的な支援を行わなければ、子どもの抱えている本当の課題の解決に向かわないケースも多いと実感している。

 県内の市町村では、子どもへの学習支援を目的とした無料塾や居場所、子どもの貧困問題に対応する支援員の配置が進んでいるが、基本的に子どもの抱えている背景への分析がしっかりと行なわれていない状況の中、それぞれが手探りで支援策を打ち出していたり、それ以前にとにかく予算の執行を行うのに手いっぱいという実態である。また、現在行なわれている支援はあくまで対処療法であることも踏まえなければならない。そもそも子どもが貧困なのではなく、家庭が経済的に厳しい状態が土台になっているため、親の労働環境も含めて仕組みを作る必要があり、子育てしやすい社会をどのように作るかも同時に議論する必要がある。サービスがいくら拡充しても、本当のニーズに沿っていなければ意味がないのだ。

 先日、kukuluに通う生活保護世帯の高校生男子に、「子どもの貧困ってどう思う?」と聞いたところ、「言葉としてしっくりきません。だって俺が貧困ではなく家庭が貧困なので」と話していた。彼も小学校高学年から、自分の家庭と他の友達たちとは環境が違うことを意識したという。友達はゲームや新しい靴や洋服を買ってもらっているのに、自分は洋服もお下がりでゲームも買ってもらえなかった。そのため、お金のかかるゲームで遊ぶのではなく、体一つでできるスポーツに没頭するようになったと話す。

 彼は中学3年からkukuluに通い始め、現在高校に通いながら将来の自立に向けて頑張っている。先日彼に大学進学を勧めたところ、「(私以外の大人から)大学に行ったら?なんて言われたことなかったです」と驚きながら答えていた。彼の周囲にいる大人たちは、経済的な問題や彼の学力、素行を見て、大学進学は無理と決めつけていたのだろう。貧困とは「将来への可能性が奪われること」なのである。

 「子どもの貧困」―。このショッキングなキーワードにより、行政や企業や市民が動き出したことは間違いない。しかし、大人の都合や思い込みではなく、子どものニーズをしっかりと拾うこと、進学率や就職率などの短期的な結果ではなく、長期的かつ横断的に検証し続けることが必要である。そして、それらの動きが「かわいそうな子どもを助けてあげる」活動ではなく、「沖縄の未来を担う子どもたちを育てる」活動になるよう、私自身も覚悟を持って臨んでいきたいと感じている。