6月19日のお昼すぎ、那覇市の奥武山公園陸上競技場には、猛暑にもかかわらず、おびただしい数の人々が集まっていた。この日の最高気温は32・6度、湿度は65%、南風がわずかに吹いてはいたが、芝生の上でさえ照り返しがひどくて、まるでフライパンの上にいるような暑さだった。

元米海兵隊員の軍属による暴行殺人事件被害者に黙とうをささげる県民大会の参加者=6月19日午後、那覇市・奥武山運動公園陸上競技場

 さらに陸上競技用のラバーが敷き詰められている場所は、40度をはるかに超えるような「ホットスポット」になっていて、そこだけグラウンド上にぽっかり穴があいたように人がいない。あとはびっしりと人、人、人。「ウチナンチューはね、普段はこんな1番暑い時間帯にわざわざ表に出てくることはやらないさ」。古くからの沖縄の友人が解説してくれた。

 主催者側が発表している正式な大会の名称は「元海兵隊員による、残虐な蛮行を糾弾! 被害者を追悼し、海兵隊の撤退を求める県民大会」だ。長ったらしいから僕ら報道陣のあいだでは「県民大会」と言いあっていた。それが一部で異変をきたしていたことを僕が知ったのは、その日の夜になってからだ。

 午後2時から始まった大会のステージ冒頭を飾ったのは、古謝美佐子さんの歌「童神」だ。古謝さんが三線を自分で奏でた。すばらしい歌と演奏だった。

 暑き夏の日は 涼風(すずかぜ)を送り
 寒き冬来れば この胸に抱いて
 イラヨーヘイ イラヨーホイ
 イラヨー 愛(かな)し思産子(うみなしぐゎ)
 泣くなよーや ヘイヨー ヘイヨー
 月の光浴びて
 ゆーいりよーや ヘイヨー ヘイヨー
 健やかに 眠れ

 犠牲者への哀悼の意をこめて歌ったのだと古謝さん自身から聞いた。大会の流れが明らかに変わったと思ったのは、「若者からのメッセージ」というパートに入ってからだ。なかでも玉城愛さん(名桜大学学生)の言葉。〈安倍晋三さん。日本本土にお住まいのみなさん。今回の事件の「第2の加害者」は、あなたたちです。しっかり、沖縄に向き合っていただけませんか。〉

 時折涙を流しながらの訴えだった。僕の横にいた女性は涙をぬぐい続けていた。「シランフーナー(知らんぷり)の暴力」とは、以前に知念ウシ氏が言い当てた言葉だが、玉城さんの「第2の加害者」はその延長にある言葉だと思う。その後に登場したSEALDs琉球の元山仁士郎さんらの訴えも「自分のことば」で必死に訴えていた。借り物ではない「自分のことば」。若い世代の「自分のことば」がこの日の県民大会を特徴づけていた。

 その異変を教えてくれたのは例によって古くからの沖縄の友人だった。NHKがこの日のニュースで「県民大会」という言葉を執拗(しつよう)に避けて「大規模抗議集会」という言い方をしているのだという。実際に確かめてみると、何と本当にNHKだけが当日の県民大会のことを「大規模抗議集会」と放送しているではないか。ええっ? 何があったのか。ちょっと前まではNHKも「県民大会」と言っていた。5月23日のNHKニュースを調べてみたら、ごく当たり前に県民大会と言っていた。〈沖縄の…事件を受けて、沖縄県議会与党会派や市民グループなどで作る団体は、来月19日に県民大会を那覇市で開くことを決め、数万人規模の参加を目指すことにしています。〉 それが「大規模抗議集会」とは。出来事を矮小(わいしょう)化して報じる狡猾(こうかつ)さを感じ取った人も多い。

 僕も記者の端くれなので、何があったのかをいろいろと調べてみた。すると複数の知人が、6月15日放送の「クローズアップ現代+」をみてください、そこにヒントがありますよ、と言うのだ。『沖縄 埋もれていた被害 米軍属女性殺害事件の波紋』という今回の事件をテーマとした内容で、女性キャスターの嘉手納基地ゲート前からの中継や沖縄放送局記者の解説もまじえたものだった。

 これまで沖縄で繰り返された米軍がらみの事件をふり返り、日米地位協定の問題点にまで踏み込もうとした取材が積み重ねられていた。よくまとまっていた。ところが番組終盤になって、構成上いかにも不自然な部分が唐突に出てくるのだ。それは政治部記者の解説なのか何なのかよくわからないリポートだった。その内容は、政府・外務省は、地位協定の見直し機運に懸念を持っており、抜本的な改定は実現までに時間がかかるから現実的ではない、改定は現状ではむずかしい等と、まるで政府側の代弁のようなコメントを一方的に述べていた。

 NHKには試写という放送内容を事前にチェックするシステムがあって、この回の時も、何度目かの試写でNHK政治部がこれを入れろと無理やりねじ込んできた結果、例の部分が他の取材部分をカットして入れさせられたのだという。そして、県民大会の直前に、同様のことが起きた。県民大会の語は使うな、と。

 NHKでは近年、沖縄の米軍基地に絡んだニュースや特集が放送される際には、必ずと言っていいほど、東京の政治部による実質的な内部統制=検閲に近いことが行われているのだという。過去の「NHKスペシャル」や旧「クローズアップ現代」でもそうしたことがあったという(具体例も知ったが字数の関係で書けない)。沖縄報道におけるNHK政治部の内部統制機関化。一体何のためにそのようなことが起きるのか。

 6月23日の慰霊の日、沖縄全戦没者慰霊式にNHK籾井勝人会長が参列していた。僕も取材でその場にいたので、あいさつがてら籾井会長に「なぜ県民大会という言葉をNHKのニュースでは使わないのですか」と直接聞いてみた。「ええ? 何の話かわかんない」と逃げも隠れもせずに答えてくれた。籾井氏は本当にそのことを知らなかった。

 今のNHKでことが起きるたびに籾井会長から圧力・指示があった云々(うんぬん)と言われることが多い。しかし沖縄がらみのニュースについて言えば、実際には、最高権力者の地位、権限を利用した、むしろNHKよりも政治権力そのものに近い小官僚、自発的隷従者たちが、権限をふるって、あれをするな、これはマズい、ここはこう変えろ等と命じているのである。僕はハンナ・アーレントのいう「凡庸な悪」のことを思い出しながらこれを記している。このことは何もNHKだけに限ったことではない。(2016年7月4日付 沖縄タイムス文化面から転載)