14日に、法哲学者の長尾龍一先生と対談させていただいた。テーマは多岐にわたったが、沖縄問題を話題としたとき、それまでのひょうひょうとした様子とは打って変わって深刻な表情となった長尾先生は、日本国民は「沖縄に対し、すべきでないことをしてきた」と語った。

 5月23日、翁長県知事は、安倍首相との会談で日米地位協定の改定を訴えた。また、6月10日、沖縄県議会も防衛省に対し、今回の暴行殺人事件への抗議とともに、日米地位協定の抜本改定を訴える意見書を届けた。

 もっとも、日米地位協定の改定を実現するには、アメリカと交渉する前提条件を整える必要がある。

 まず、犯罪被疑者の引き渡しについては、日本の刑事司法への信頼確保が重要な前提だ。現在の法律は、身柄拘束中の被疑者が、捜査機関の取り調べを拒んだり、退去したりできないかのように規定し(刑事訴訟法198条1項但し書き)、取り調べ拒否が逮捕の理由となるとも規定している(同199条1項但し書き)。そして、捜査実務では、令状さえあれば、被疑者に取り調べを強制できると考えられている。

 これに対し、刑事法の大家、平野龍一教授は、「黙秘権とは、答えない権利であるだけでなく、強制的な取調を受けない権利なのである」とし、「アメリカでは、黙秘権を告げて裁判官が取調をすることでさえも憲法違反だという議論が強い」と述べている(同『刑事訴訟法概説』69~70ページ)。

 さらに、捜査機関や裁判官による自白の偏重が、冤罪(えんざい)の温床となってきたとの指摘もある。最近、法改正があったものの、取り調べ中の録画など、捜査の可視化が不十分な点にも批判が強い。

 日本の取り調べ実務への不信は、アメリカ政府が、米軍関係者の引き渡しに積極的になれない理由や口実になってしまうだろう。

 また、アメリカに地位協定の改定を求める以上、日本自身が地位協定の改定を求められた場合には、適切に対応する姿勢を示すべきである。

 例えば、日本政府は、ソマリア沖の海賊対策のため、ジブチ共和国に海上自衛隊等の基地を置き、同国と地位協定を締結している。その協定では、「日本国の権限のある当局は、ジブチ共和国の領域内において、ジブチ共和国の権限のある当局と協力して、日本国の法令によって与えられたすべての刑事裁判権及び懲戒上の権限をすべての要員について行使する権利を有する」(8項)とされており、日本側が裁判権を全て留保している。

 安保法制施行により、自衛隊の海外活動が拡大すれば、この種の協定を受入国と締結する事案は増えるだろう。その交渉過程で、日本が相手国に特権を求めすぎれば、逆に、アメリカに地位協定改定を求める場合の倫理が傷つくことになる。

 刑事訴訟法や他国との地位協定の問題は、日本政府と日本国民が全体として当事者意識を持つべき課題だ。そうした当事者意識が育たないのは、米軍基地の負担が沖縄に集中しているからだろう。日本政府と日本国民には、「沖縄に対し、すべきことをする」という覚悟を持つべき時が来ている。(首都大学東京教授、憲法学者)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。