先日、朝日新聞社「WEBRONZA」の特集で、自民党憲法改正推進本部副本部長を務める礒崎洋輔参議院議員と憲法の緊急事態条項について対談した。その際に気になった点について、検討しておきたい。

 自民党草案99条3項は、「緊急事態の宣言が発せられた場合には、何人も、法律の定めるところにより、当該宣言に係る事態において国民の生命、身体及び財産を守るために行われる措置に関して発せられる国その他公の機関の指示に従わなければならない」と定める。

 緊急事態時に市民に対して、避難誘導や救難の「指示」を出したり、「協力」を義務付けたりするため、憲法改正が必要だと礒崎氏は指摘した。

 憲法18条は、「何人も」「意に反する苦役に服させられない」と定める。通説によれば、ここに言う「苦役」は、著しい苦痛を伴う労働に限らず、労役一般を指す。したがって、災害時などであっても、政府が市民に労働を強制することは禁止されている。この禁止を解除するのが、自民党草案99条3項の狙いだ。

 確かに、国家権力の側からすれば、侵略や災害からの避難・救援のために、市民の協力を求めたい場面が出てくるのは事実だろう。しかし、市民側からすれば、それには看過できない危険が伴う。
 この点を検討する上で非常に重要なのが、海事関連産業従事者の労働組合である全日本海員組合が、本年1月29日、民間船員を予備自衛官補に組み込む動きを進める国に対して発表した抗議声明だ。

 そこでは、「先の太平洋戦争においては、民間船舶や船員の大半が軍事徴用され物資輸送や兵員の輸送などに従事した結果、1万5518隻の民間船舶が撃沈され、6万609人もの船員が犠牲となった。この犠牲者は軍人の死亡比率を大きく上回り、中には14、15歳で徴用された少年船員も含まれている」との指摘がある。

 つまり、強制的な徴用が許される状況では、権力者は、民間人の犠牲を軽視することがある。十分な安全配慮義務を果たさないまま、軽々しく危険な業務を市民に命じることがあり得るのだ。

 当然、緊急時における国民への指示・協力の義務付けの制度にも、同じ危険がある。この点、礒崎氏は、市民に危険な業務を命じることは想定していないと強調していた。しかしそれならば、市民の善意に期待しても、十分に自発的な協力が得られるはずだ。強制など不要だろう。

 緊急時に市民の協力を得る枠組みを検討すべきとの礒崎氏の問題意識自体は、否定されるべきものではない。しかし、それを実現するためには、「どのような枠組みであれば、任意の協力を取り付けられるか」を真剣に考えるべきだ。強制を許せば、国家権力は、市民の犠牲という安易な道を進むだろう。

 強制とは、自律した存在であることの否定、個人の尊厳を奪うということだ。尊厳を奪われた人々は、国家の良き協力者たり得ない。

 緊急時に市民との協力関係を築きたいのであれば、市民の意思を尊重し、どこまでの業務を引き受けてくれるかを事前にしっかりと合意しておくべきだろう。そうした丁寧な事前準備こそが、緊急時に役立つはずだ。(首都大学東京教授、憲法学者)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。