誰かが新聞に書いていた。「握り拳を振り上げたまま県と協議する気か」。安倍政権の流儀は常にファイティングポーズだ。普天間飛行場の名護市辺野古移設をめぐる代執行訴訟は、政府が4日に沖縄県との和解を受け入れたが、土日を挟み週明け7日に翁長知事に対して是正指示を発布した。話し合いどころではない。

辺野古裁判の和解を報じる3月5日付沖縄タイムス

辺野古訴訟の今後の展開について報道陣の質問に答える竹下勇夫弁護士(右から2人目)ら=3月4日、沖縄県庁

辺野古裁判の和解を報じる3月5日付沖縄タイムス 辺野古訴訟の今後の展開について報道陣の質問に答える竹下勇夫弁護士(右から2人目)ら=3月4日、沖縄県庁

 今回の和解について、参院選を意識した政府の時間稼ぎに過ぎないというのが大方の見方だが、筆者はそれには首肯しない。政府側の主張は今回の裁判でほぼ出尽くしたはずで、その中身は実に論理性がないものだった。政府にとってそんな訴訟は一刻も早く最高裁へ持ち込み、司法に政治判断を出させるのが得策だ。それが安倍首相の“やる気“を米政府に示すことになる。

 ところが福岡高裁那覇支部は政府の思い通りに動かなかった。和解案を出してきた。 
 裁判所は和解勧告文でこう書いた。

 「本来あるべき姿としては、沖縄を含めてオールジャパンで最善の解決策を合意して、米国に協力を求めるべきである。そうなれば、米国としても、大幅な改革を求めて積極的に協力をしようという契機となりうる」

 言葉の一つ一つを逆読みする。現状は本来の姿からかけ離れており、日本は沖縄だけの問題にしている。政府は「唯一」と言っているが、最善の解決策ではない。米国に協力を求める外交努力がない。だから普天間飛行場の移設返還問題は20年も迷走してなお内輪もめばかりしている。大幅な改革はあるはずだが日米両政府ともきっかけを見いだそうとしていない。

 ここまで言われた時、政府は負けを意識したかもしれない。和解勧告文をしっかり読み解き、検証材料とすることが大事だ。政府の主張は、安全保障や外交問題は政府の専権事項であり、沖縄県ごとき、ましてや裁判所が口出しするのはまかりならん、と言わんばかりに強権的だった。政権にとって裁判所は国勝訴の判決だけを書く国家装置としか見なしていないのだろう。

■稚拙で矛盾だらけの政府の主張

 これまで基地問題は何度となく論じられてきたが、沖縄に駐留する最大兵力の海兵隊をめぐる機能論が展開されたのは今回が初めてだろう。その中で政府の主張は目を疑うほど稚拙で、矛盾だらけだった。それを明らかにした法廷議論そのものに意義があると筆者は感じている。基地問題をめぐる議論は実体論が欠落していたからだ。これまで安全保障論、脅威論、抑止論、基地経済論、反戦平和論、自然環境、人権、差別などの観点で基地は語られることが多く、基地を使用する米軍の運用実態にはあまり目が向けられてこなかった。

 その実態を指摘したのが、翁長知事が設置した第三者委員会(普天間飛行場代替施設建設事業に係る公有水面埋立手続に関する第三者委員会)の報告書だった。肝の部分だけ抜き出すと、普天間飛行場を使う米海兵隊が沖縄に駐留する絶対的な理由は見当たらないので、普天間飛行場の機能を沖縄県内に留めておく理由もない。だから沖縄の美しい海辺を埋める合理性はない―ということだった。辺野古埋め立ての事業合理性に不適格の烙印(らくいん)を押した。仲井真弘多前知事の埋め立て承認は明らかに法的瑕疵(かし)があると判断した。

 これに対する国の主張は沖縄の地理的優位性ばかりを強調した。蓋然性の高い紛争発生地として朝鮮半島、台湾海峡を挙げ、その両所から「近い(近すぎない)」位置に沖縄があるのだから、海兵隊の駐留地は沖縄しかないと論じている。これに対し沖縄県は海兵隊を運ぶ米海軍艦船は長崎県佐世保軍港を母港としているので、政府の主張は合理性を欠いている、と指摘した。これに政府は、海兵隊は船を必要としない任務もあると言い出した。ところがその具体例を挙げることはなく、尖閣諸島を含む南西諸島の中に沖縄があるのだから海兵隊基地の適地は沖縄しかないと言い張った。

 朝鮮半島や台湾海峡へ部隊を派遣するには海軍艦船か空軍輸送機が必要だが、沖縄にはいずれも配備されていない。船がないまま島嶼(とうしょ)防衛に沖縄から海兵隊を直接投入するはずがない。島を守るには制空権 が第一で、航空優勢がないところでやみくもに部隊を上陸させると空から爆弾を落とされる。尖閣は岩の小島だから隠れようがない。海軍と空軍が島の領空・領海を確保した後に上陸部隊の出番が回ってくる。繰り返すが、上陸作戦に使う船は長崎県佐世保にある。

 現状を消防に例えると消防隊員は沖縄、消防車は長崎県佐世保という配置である。沖縄の隊員だけで対処できるのはボヤ程度だ。大火事になると本部(米本国)から応援部隊が大挙、海を渡ってくる。

 米軍の戦時動員兵力は沖縄戦で54万人、ベトナム戦のピーク時に54万人、湾岸戦争50万人。もう一度朝鮮戦争が起きた場合の作戦計画では、2004年まで米軍は総兵力69万人で北朝鮮を攻撃する予定だった。近年、計画見直しにより特殊作戦を軸とした作戦に切り替えたことが報じられており、 その動員数はかなり減ったはずだ。沖縄の海兵隊は米軍再編により、現有1万8000人は大幅に削減され、ほぼ半減する。朝鮮半島、台湾海峡の有事に在沖海兵隊は話にならないくらい少な過ぎる。政府の主張は支離滅裂なのだ。

■基地がなくなれば中国に乗っ取られる?

 三文芝居―。地図を広げて、政治家や官僚たちは「やはり沖縄ですなぁ」というセリフをおうむ返しするヘボ役者を演じている。同じ舞台が20年も続く。沖縄は基地がなくては生きていけない、基地がなくなれば中国が沖縄を乗っ取る、といった不規則なセリフが飛び込んだりする。冷めた観客は黙って舞台を見つめる。メディアは批評もなく大げさに報じる。

 今回の裁判で見逃せないのは、外交・防衛は国が考えるから地方は黙って従えという思想だ。普天間の移設先を県外・国外移転などと主張する権限は沖縄県には与えられていない。国の一機関にすぎない県は黙って公有水面埋め立ての手続きを粛々と進めなさい。論理的な弁証ができないから、安全保障は国が考えるから黙っておけ、と恫喝(どうかつ)している。

 今後も続く裁判で政府は同じ言い方を貫くだろう。埋め立て事業を所掌する国交省も、自然を守る環境省も、そして裁判所も安保に絡む政策に口出しするのはまかりならん。ましてや沖縄の分際でお上に盾つくなどもってのほかだ。安全保障をなんと心得るのだ、という前近代的な態度で裁判に臨んでくるだろう。和解成立直後に安倍政権は翁長知事に是正命令を出し、次の裁判の準備に着手した。知恵がないから力ずくだ。

 今後の裁判でも沖縄県側は事業合理性の疑義を論証していく。もちろん海兵隊が沖縄に駐留する絶対的な理由はなく、「唯一の解決策」との政府の不合理な弁論が続く。裁判は埋め立て許認可だけではないから、今後想定される計画変更で翁長知事の承認が必要になる。その都度裁判が起こり、政府は同じ論法を繰り返すしかない。それでもなお辺野古埋め立てが続くのなら、この国は民主主義の価値観を捨ててしまうことになる。

 安全保障を「錦の御旗」に沖縄の民意を無視する安倍政権の危うさは、憲法改正、自衛隊の国防軍化へとつながる。安全保障は決して軍事、国防とイコールではないのだが、日本では軍事力のみが安保を担っているような勘違いが広がっている。冷戦後の世界は不安定化したとはいえ、テロリストや大規模災害、移民問題への対応が焦眉の急だ。仮想敵に備える軍事一辺倒の安保だけでは今日の国際問題には対処できない。

■米中が進める「積極的平和主義」

 沖縄をベースに海兵隊もこうしたポスト冷戦の安全保障に取り組んでいる。佐世保の船で太平洋諸国の同盟国や友好国を訪問し、災害救援、人道支援、麻薬撲滅、テロ対策など国境を越えた人類共通の課題に対応する多国間演習に余念がない。そして近年は中国人民解放軍もこの「ソフトパワー」の訓練に積極的に参加している。これが本来の「積極的平和主義」だ。米軍への軍事的協力のみに関心を寄せる安倍政権は冷戦後のアジアで迷子になったように見える。

 安全保障の語源は不安からの解放であり、敵をつくらず、敵対国とも関係を良くしていくことが肝要なのだ。仮想敵をつくって備えるのは国防であり、安全保障の一部分にすぎない。安倍首相が繰り返す「安保環境が厳しくなった」のは、中国の軍事的台頭に他ならないだろう。その中国軍が米海兵隊とともにアジア諸国との共同演習に積極的に参加している現状は不都合な現実だろう。

 辺野古をめぐる裁判がどう展開するかは見通せない状況になった。ただ安倍首相が笑うエンディングだと再び世界に背を向ける日本になってしまいそうだ。憲法改正をめぐる議論は待ったなしだ。今夏の参院選で普天間問題を含め安保論を争点化できるかどうかが沖縄のみでなくオールジャパンに問われている。