通常国会では、憲法改正の議論もしばしばなされている。そこで今回は、憲法改正論議にどのような態度で臨むべきか考えてみよう。

 憲法は、国家が権力を乱用し人権を侵害した過去を反省し、国家が犯しがちな失敗をリスト化したものだ。国家の三大失敗とは、無謀な戦争、人権侵害、独裁だ。

 だから日本国憲法も、戦争の放棄(憲法第2章)や人権保障(憲法第3章)を定めている。また国家権力の内部で権力を分立して相互に乱用を防ぐ仕組みも規定している(第4章以下)。有名な三権分立のほかにも、政府が少数会派の国会議員を逮捕して圧力をかけたり、司法の独立を侵して与党に有利な判決を出させたりすることを禁じているし、沖縄県などの地方公共団体の自治権を政府に対して保障している。

 したがって、国民の側から憲法を見ると、権利を守り、権力乱用を防止してくれる法。権力者の側から憲法を見ると、自らを拘束する足かせとして映るはずだ。このため、権力者の側から憲法改正が提案されるときには、規制を受けるべき側がそれをすり抜けるために提案しているのではないかと警戒せねばならない。実際、前回扱った緊急時内閣独裁条項の提案がそうだった。

 憲法改正は権力者の都合ではなく、権力を適切にコントロールし、個人の権利をより良く実現するために行われるべきだ。そして、そのような改正を行うためには、過去の権力の失敗を適切に把握する必要がある。このような観点から、一つ、問題を指摘しておきたい。

 憲法53条は「4分の1」の議員の要求があれば、内閣は国会を召集しなければならないと規定している。しかし昨年11月、安倍内閣は民主党議員らによる4分の1以上の議員の要求があったにもかかわらず、国会を召集しなかった。この対応は普通に考えれば違憲だろう。

 しかし、憲法53条は、要求から何日以内に召集せねばならないかを明確に定めていないため、召集を要求した側も明快な違憲主張を展開し難かった。そして、通常国会の時期が来てしまい、この問題はうやむやになってしまった。

 ところで、自民党改憲草案は、「要求から20日以内」という明確な数字を提案している。自民党改憲草案は全体に復古主義過ぎて、まともな評価に値するものとはいえないが、この点に関する限り、内閣の国会召集権限を適切にコントロールする重要な提案と言えよう。

 ただし、この改憲を提案するには前提条件がある。重要課題が山積していたにもかかわらず、なぜ11月に臨時国会を召集しなかったのか。安倍内閣はそれを検証し、反省・謝罪すべきだ。そして、それを過去の重大な失敗と位置付けた上で、それを繰り返さないために、改憲が必要だと提案する。そうすれば、野党議員や国民からも、改憲への理解が得られる可能性があるだろう。

 「未来の内閣が私のような失敗を繰り返させないように」とは、なんとも味わい深い提案だ。過去の権力乱用の反省に基づく提案こそ、改憲提案のあるべき姿だ。憲法53条についての積極的な議論が、今こそ望まれる。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。