米軍普天間飛行場(沖縄県宜野湾市)を移設する名護市辺野古の埋め立て事業に反対する沖縄県を相手に、政府が起こした代執行訴訟が2月29日に結審した。政府の論調は、安全保障は国が考えるから地方は黙って従えと言わんばかりに強権的だ。安全保障とは、基地負担の軽減とは何か。今回も実質的な審議はなかった。

 政府は、安全保障は民意、環境、地方自治などの価値に優位する、との考えを貫こうとする。米軍基地の配置は安全保障に影響する国政の重要事項であり、地方自治体が口を挟むことではない。国が辺野古に決めたのだから、沖縄県は粛々と埋め立て手続きを進めればいい―とする。

 憲法改正を目指す安倍晋三首相がよく口にする「安全保障」とは何だろう。米軍基地の配置がなぜ安全保障なのか。

 一般的に安全保障が国防・軍事と置き換えられることがしばしばある。中国や北朝鮮の軍事的な脅威に対抗する政策として安全保障が語られる。この思考は冷戦後の動きを無視する視野狭窄きょうさくであり、かつ米海兵隊の活動を理解していない。

 普天間を含め沖縄にある米軍基地の7割を占有する米海兵隊(1万8千人)は米軍再編によって半減し、今後実動兵力は2千人で編成する第31海兵遠征隊(31MEU)のみになる。辺野古の新飛行場は同部隊の航空機が使用することになる。

 31MEUは長崎県の米海軍佐世保港の艦船に乗って、アジアの同盟国、友好国を巡回し、共同演習を実施している。1年のうち8~9カ月は巡洋し、日本を留守にする。

 この共同演習に近年、中国人民解放軍も参加するようになった。人道支援、大規模災害の救援活動を諸外国と共同対処する取り組みが進められている。

 人道支援活動は山村の小学校で校舎を修繕したり、村人へ医療サービスを提供したりし、山間部でテロリストの勢力拡大を抑止する効果を狙う。

 この活動は日本でほとんど報道されないため、米軍は中国軍と対峙たいじするために沖縄に駐留していると思われがちだ。しかし沖縄の海兵隊は中国軍も交えてアジア諸国軍との信頼醸成を図る活動を展開している。在沖海兵隊基地の役割は長崎の艦船と部隊が合流する〝船着き場〟であり、それは九州でもどこでもいい。

 「安全保障学入門」(防衛大学校安全保障学研究会)の第1章「安全保障の概念」の第1項は「普遍的定義の欠如」だ。安全保障は時代や状況、そして安全保障を語る者の価値観や世界観によって違うため、普遍的定義は存在しないらしい。

 不安から解放されるため、敵を減らし、敵対国とも関係改善を図る「安全保障」と仮想敵に対抗する「国防」とは重なる部分はあるにせよ、決して一つではない。

 冷戦が終わったいま、安全保障は国家主体から人間主体へと移行したといわれる。テロと大規模災害。「9・11」と「3・11」が象徴的である。

 国境を超えた全人類的なテーマで中国軍も引き込む新たな安全保障体制の構築に取り組む米海兵隊を、日本政府は冷戦期と同じ観念で日本の「国防論」に巻き込もうとする。そして沖縄の民意や地方自治、自然環境といった価値をないがしろにする。そんな日本が目指すものは今日の国際社会に受け入れられるのだろうか。(3月2日、共同通信から配信)