米軍普天間飛行場返還が合意された1996年に生まれた沖縄出身の大学生映画監督・仲村颯悟。「辺野古」をモチーフにした自主制作映画「人魚に会える日。」に、どんな思いを込めたのか。【AERA2016年2月15日号から加筆転載】  

作品を通じて、「沖縄の若者の葛藤を伝えたい」と意気込む仲村颯悟監督=1月25日、東京都渋谷区(撮影・渡辺豪)

「人魚に会える日。」の1シーン。プロのキャストと全員素人の大学生スタッフがチームを組んで作品を仕上げた

作品を通じて、「沖縄の若者の葛藤を伝えたい」と意気込む仲村颯悟監督=1月25日、東京都渋谷区(撮影・渡辺豪) 「人魚に会える日。」の1シーン。プロのキャストと全員素人の大学生スタッフがチームを組んで作品を仕上げた

 「人魚に会える日。」を鑑賞した後、しばらく頭の中が混乱していた。どう解釈すればよいのか、分からなかったのだ。沖縄をテーマにした映画の「定型」からは明らかに外れている。それが仲村颯悟監督の狙いだと知って、「やられた」と思った。

 沖縄の架空の集落「辺野座」を舞台に繰り広げられる「ホラーテイストのファンタジー」である。米軍普天間飛行場の代替施設建設予定地とされている名護市辺野古の海、普天間飛行場を抱える宜野湾市内の高校、市街地の低空を覆う米軍機…。沖縄の基地問題を捉えるメディアの典型ともいえる映像が随所に散りばめられている。とはいえ、予定調和を許さない役者のセリフ回しと場面転換が、見慣れたはずの映像の肌触りを異質なものに変えている。

 現在最もホットな沖縄の政治課題である辺野古新基地建設問題をど真ん中に据えながら、容認派か、反対派かという二元論に回収されることを避けている。というより、拒んでいる。これは仲村の意思であり、企みである。それを物足りないという人がいるかもしれない。あるいは不謹慎だと捉える人もいるかもしれない。だが、基地への賛否の論議に回収された瞬間、作品には政治的な着色が施され、観客を選ぶ。そうした「すみ分け」を超える作品を仲村は志向したのだ。

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 東京都内で仲村にインタビューしたのは2016年1月25日。宜野湾市長選の投開票日の翌日だった。安倍政権と沖縄県政の「代理戦争」という位置づけがなされた選挙である。仲村は、宜野湾市長選をどう見るか、というテーマで『沖縄タイムス』から寄稿依頼を受けていたが結局、書けなかったという。その気持ちは分かるような気がした。

 仲村は昨年4月から6月にかけて、『沖縄タイムス』に寄稿した連載「やぎから人魚へ」の中で、こうつづっている。

 「幾度となく繰り返される『沖縄の人』同士の争いなど、もう見たくない」「沖縄は動いているわけではない。いつまで経っても動かされているだけだ」

 基地被害の当事者である宜野湾市民は、「代理戦争」によって分断を強いられた揚げ句、選挙結果を「外部」から都合のいいように解釈されている。この現実をインタビューであらためて問うと、仲村はこう答えた。

 「自分たちの意思でこうだと沖縄側が言うのではなくて、東京で決められたことだったりマスコミ報道だったり、なんかいきなりホイって道筋を決められて、それに動かされている感じが今もありますね。沖縄の人自身もみんな踊らされているような」

 普天間返還が合意されたのは1996年。「普天間問題」の20年は、今年成人式を迎えた仲村の人生の軌跡と重なる。仲村には沖縄の人々が「ずっと動かない基地と辺野古のことを考えれば、たぶんみんなもう疲れ果ててしまっている」ように映るという。

 「辺野古」に関してはドキュメンタリー作品が相次いで発表され、話題を集めている。こうした中、仲村は「フィクション」として辺野古を扱った理由をこう語った。

 「自分だからこそ伝えられる手法で描こうと考えたときに、物語としても楽しめる映画にしたいなと思いました」

 物語の軸には「生け贄」という毒々しいキーワードが埋め込まれている。沖縄が日米同盟の生け贄に供される構図とオーバーラップさせられるが、仲村の意図は異なる。

 「僕の中では、たまたま舞台が沖縄だったから基地問題が出てきただけで、それで完結するものではありません。例えば、アマゾンのプランテーションとかで森を切り崩す人間にも置き換えられます。地球上のあちこちの土地に置き換えられる話かなと思っています」

 定型的な沖縄のイメージに安易に結びつけて欲しくない、という仲村の意思が作品に普遍性と奥行きを与えている。