2014年度「児童生徒の問題行動等生徒指導上の諸問題に関する調査」(文部科学省)によると、不登校の小学生は2万5866人、中学生は9万7036人に上る。全国で12万人以上の子どもたちが、学校で教育を受けられない状況にある。これは、憲法論の観点から見ても、大変由々しき事態だ。

 憲法26条は、「すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する」と定める。この条文は、「教育を受けるのを妨げられない」という自由権だけでなく、「国や自治体に教育を受ける環境を整えよ」という請求権をも保障したものだ。では、不登校の子どもたちの教育を受ける権利は、十分に実現されているだろうか。

 この点、文部科学省や各自治体は、フリースクールやIT教育などの学校外学習を出席扱いとしたり、中学校卒業認定試験を実施したりしている。こうした取り組みは積極的に評価されるべきだろう。

 しかし、出席判定は各学校長の判断に委ねられ、認定試験受験には、文部科学大臣に「やむを得ない理由があること」を認めてもらう必要がある。要するに、不登校のまま出席・成績・卒業の認定を受けるには、学校や国・自治体の「温情」が必要なのだ。

 その背景には、「学校に通うことこそが教育」との前提があるように思われる。しかし、通学は教育の手段であって目的ではない。そうだとすれば、不登校問題の本質は、不登校自体にではなく、子どもの教育を受ける権利の侵害にあると理解すべきではないか。

 不登校の子どもたちは、通学に何らかの困難を抱えている。そうだとすれば、通学を促すよりも、多様な教育の選択肢を創出する方が、問題解決に有益だろう。

 また、不登校の原因はいろいろあるだろうが、「いじめ」の名の下に行われる暴力・恐喝などの深刻な犯罪や、非常識な教員によるハラスメントの経験が原因となっている場合もある。学校犯罪やハラスメントの被害者である児童・生徒に登校を促すのは、心理的に酷であり、生命と身体の危険すらある。学校以外の教育環境の確保は、命や心の危険から子どもを守るためにも不可欠だ。

 不登校問題の解決には、学校や国・自治体の温情的な判断に左右されず、不登校の子どもや保護者が主体的に選択できる制度が必要だ。

 例えば、放送大学の学士認定制度のように、放送網を使って小・中学校の成績や卒業資格を認定する仕組みを作ることもできよう。また、通信制の小・中学校の充実や、特別の理由がなくても中学卒業認定試験の受験を認める方法もあろう。

 もちろん、多くの子どもにとって、学校は楽しい場所だし、同年代の子どもの集団との関わりの中から学べることもたくさんある。しかし、不登校の子どもにだって、彼らにしか経験できない貴重な体験・学習がある。そんな子どもたちが大人になって、自らの経験を生かして活躍できれば、より多様性を尊重した社会が実現するだろう。

 子どもの教育を受ける権利を実現するには、学校以外の多様な教育の選択肢を認めなくてはならない。これは、国や自治体の義務でもある。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。