まだ薄暗い早朝、オレンジ色の街灯に照らされた米軍キャンプ・シュワブのゲート前のテントに人々が集まり始める。名護市辺野古の新基地建設に反対し、抗議を続ける市民の集合場所だ。2015年11月から12月まで筆者も足を運んだ。新基地建設へ強行姿勢を貫く日本政府に対してゲート前や大浦湾海上で行われている市民の抗議現場から、本土の人々が辺野古新基地建設の現状をどのように捉えるべきかについて考える。

 座り込みは毎日、早朝から行われている。市民の笑い声や歌声が響くゲート前も7時に近づくと、徐々に緊張感が増してくる。

 警視庁の機動隊員を乗せた車両の赤色灯が数百メートル先に見えた。数分後には、座り込む市民を排除するため、2列に並んだ機動隊員が目の前に姿を現した。「排除開始」の号令を待つ隊員の多くは20代から30代の若者で、感情を表に出すことを禁じられているような表情や、マスク越しに市民をにらみつけている目が、座り込みをしている側からはよく見える。号令がかかると、現場は瞬く間に闘いの場となる。

 「暴力はやめて」と抗議しながら座り込んでいる市民の多くは高齢者だ。隣の人と腕を組み抵抗する市民を機動隊が一人ずつ、業務的に、そして暴力的に排除していく。頑丈な機動隊員に強く腕をつかまれたり、引っ張られたりすることで、骨折などのけがをする市民も後を絶たない。

 排除され鉄柵内に拘束されるのは、市民だけではなく、現場を取材しているジャーナリストやカメラマンも含まれる。政府側にとって不都合な情報は徹底的に排除しながら、現場にいる市民やメディア関係者の姿を、何台もの小型カメラで撮影している。このような民主主義国家とも思えない一連の行動が、政府によって平然と、毎日、当たり前に行われていることに驚愕した。

 ゲート前では終日、海兵隊の水陸両用車など私たちを簡単に踏み潰せるほど巨大な軍事車両が道路を通行している。それらの軍事車両に向け「No base!」と身体を張って抗議する市民を、機動隊は力で排除し、それを日常の風景のように見ている米軍人を乗せた軍事車両の進路を守っている。

 その光景は、沖縄の民意や人々の安全な生活よりも米軍の安全と利益を忠実に守ろうとする日本政府の姿勢を鮮明に表していると同時に、私は、そこで見た機動隊の無表情な顔に、私たち本土の人間が持つ沖縄に対する無関心と重なるものを感じた。機動隊や米軍へ向けられたこれらの市民の抗議の声に向き合わなくてはいけないのは、本当は私たち本土の人間なのではないかと。

 ゲート前で座り込む市民が機動隊によって排除され、工事車両が基地内に入っていく頃、ゲート前から徒歩10数分程のところにあるテントに海上抗議行動の参加者が集まり始める。辺野古の新基地建設における海上や沿岸部の工事や調査に対して、カヌーや船に乗って抗議する市民の活動拠点だ。

 参加者は、県内各地から車で1時間以上かけて駆けつける人たちをはじめ、県外からも短期間沖縄に滞在する人など、様々である。また、毎日のように、日本ばかりか世界中から支援者や見学者、メディア関係者などが訪れる。朝のミーティングではそれらの訪問者も交えて、新基地建設に関わる国や県の主な動きや工事・調査などの状況が共有される。さらに天候の確認などを行って、抗議船とカヌーチームはそれぞれ海に出て行く。

 1日の行動は、沖縄防衛局の作業の状況や天候の具合を見ながら決められる。海上での活動の目的は、新基地建設の調査や工事の阻止であり、その作業員への抗議である。

 2016年1月の時点で、海上での抗議活動の中心は、地盤の硬さを測定するボーリング調査に向けられている。同時に、海上やキャンプ・シュワブ沿岸部でのその日の工事や作業状況を海から監視している。

 政府は新基地建設がすでに「本体工事」に着手しているかのごとく宣伝しているが、実際にはその前段となる海上のボーリング調査すら予定の工期を1年以上も過ぎた今日に至っても終わっていない。本土のテレビで見るニュースと実際の現場の状況には大きな隔たりがあるのだ。