まさかこの沖縄の地で、みぞれ混じりのこんなに冷たい雨と強風が吹きすさぶ荒天に見舞われるとは思ってもみなかった。「ひょっとしてこれは何かの前触れかなあ?」そんなことを考えながら、めざす取材場所へと歩いて行った。宜野湾市長選挙の夜、お天気としては最悪のコンディションで実施された選挙の投票締め切り時刻が迫っていた。午後8時ちょっと前のことだ。

2期目の当選が確実となり、支持者と万歳三唱をする佐喜真淳氏(中央)=24日午後9時17分すぎ、宜野湾市野嵩の選対事務所

 現職の佐喜真淳候補の選対事務所には、腕章をつけた報道関係者らに加えて、佐喜真候補の支援者らが大勢詰めかけ、入りきれない支援者たちが屋外にはみ出していた。事務所正面の横断幕には「友人・知人・家庭・職場での声かけでアツシ市長の2期目を実現しよう!」とあった。選挙戦で佐喜真陣営は実にきめ細かないわゆる「ドブ板選挙」を行っていた。1期目の実績に加え、若さを強調する選挙戦術をとった。

 出陣式の選挙カーを取材していたら、何とディアマンテスの「勝利の歌」がスピーカーから流れていた。街角には空手着姿の佐喜真候補のポスターがあちこちに掲げられていた。「若さと情熱でギノワンを変える。今がその時!!」公式ポスターもなかなか手慣れていた。

 外は雨と風が一段と激しくなってきた。けれども選対事務所に一歩入るとそこは興奮と熱気に包まれていた。支援者たちは明らかにすでに上気していた。そしてその瞬間を待ちわびていた。午後8時47分。島尻安伊子沖縄担当大臣が登場、「選挙戦の後半、凍える中での皆さんの奮闘に感謝します」と挨拶(あいさつ)した。

 続いて午後8時49分、NHK沖縄の開票特番が「出口調査の結果、佐喜真陣営が優勢です」と放送すると、支援者らは早くも勝利ムードに包まれているようにみえた。午後9時に佐喜真候補夫妻が登場すると、事務所内からは淳コールが響き渡った。「アツシ!アツシ!アツシ!」

 そしてその瞬間がやってきた。午後9時5分。NHK沖縄の開票特番が当選確実を報じると選対事務所からは万歳と歓声がわき起こった。選挙責任者が絶叫していた。「このたたかいは市民の勝利です! これが民意です!」そしてコールが続いた。「ギノワン1番!アツシが1番!」

 ふと事務所内の横断幕に目がいった。「普天間飛行場の返還 ディズニーリゾート誘致」。この2本のスローガン・セットが民意なのだろうか。万歳!万歳!事務所の司会者がマイクで叫んだ。「NHKさんが9時22分から生中継に入ります。皆さん、それに合わせてもう一度万歳をやりますから。NHKさん、Q出し(始めの合図)、お願いしますね!」。僕らも含め報道陣が大勢いる中でそんなやりとりも平然と行われていた。

 この勝利の熱狂の中で、しかしながら佐喜真陣営が決して、そして実に注意深く、まるで触れてはならない禁忌=タブーのように語らないことがあった。名護市辺野古の基地建設(普天間基地の移設先とされる)の是非である。確かに佐喜真陣営は「普天間基地の固定化を許さない」という市民の苛立(いらだ)ちを代弁することまではやっていた。実に皮肉なことに、佐喜真陣営のこの立ち位置は、1996年の普天間基地返還合意の「ある種の真実」を語っているのである。

 つまり、96年の日米合意では、普天間「返還」は合意されたが、普天間「移設」には言及されていなかったのである。当時のアメリカ側のトップ、駐日大使だったモンデール氏は、去年、日本のメディアの取材に対して、普天間基地返還について「われわれは(移設先が)沖縄とは言っていない」と述べている。もちろん佐喜真陣営の辺野古移設の是非への〈沈黙〉は、辺野古移設を容認、推進する立場を忖度(そんたく)した〈沈黙〉という意味合いがあるのだ。

 しかし佐喜真陣営の勝因が「辺野古はずしが奏功した」「辺野古という争点の曖昧化が功を奏した」という分析だけでは、宜野湾市民の選択の意味を言い当てたことにはならないのではないか。僕は今そのように考えている。

 今回の選挙は、辺野古移設を推進する政府・与党VS辺野古ノーでまとまるオール沖縄(翁長県政)のあいだの「代理戦争」という側面がある。だが宜野湾市の有権者、市民の立場からみれば、自分たちがこうした大テーマの「代理戦争」の尖兵(せんぺい)とされることに厭戦(えんせん)気分を抱き続けていたのではないか。自分たちの身近な暮らしに関わる争点よりも、ある意味で過大な国家的な争点を背負わされていることに疑問を持ち始めていたのではないか。そんな思いが頭をよぎる。宜野湾市の7万数千人の有権者に、辺野古移設の是非を審判させることのある種の残酷さに想像力を働かせる必要があるのではないか。

 宜野湾市長選挙の結果が出た翌日、政府首脳はそろって歓迎の意を表した。選挙前には首相が「安全保障に関わることは国全体で決めることだ。一地域の選挙で決定するものではない」と述べていたが、政府・与党の推した佐喜真市長が再選されるや「オール沖縄という形で沖縄の人がすべて反対のようだったが、言葉と実態が大きくかけ離れていることが一目瞭然となった。(辺野古)移設という政府の基本方針は従来と全く変わらない」(菅官房長官)と翁長知事の政治姿勢を強く牽制(けんせい)した。脅しの言葉に聞こえるのは僕だけではないだろう。

 気象庁の観測上では「みぞれ」は「雪」と分類される。だから観測上は沖縄で雪が降ったのは、1977年2月17日の久米島以来39年ぶりのことだそうだ。特に沖縄本島では初めてのことだという。あの投開票日の当日、宜野湾上空のみぞれとともに、何かもっと冷たい何かが僕の心の中に拡(ひろ)がっていた。(2016年1月29日付沖縄タイムス文化面から転載)