沖縄県産本ネットワーク作成の「沖縄県産本のあゆみ」を出典に、戦後初期から現在までの沖縄県産本のあゆみを綴る本稿、いよいよ時代は2000年代に入っていく(出典については第1回の冒頭に詳述しているのでご参照ください)。全世界を覆った激動の時代、沖縄県産本はどのような展開を見せていったのか。

モモト

挑まれる沖縄戦

よくわかる御願ハンドブック

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沖縄県産本目録

潮を開く舟 サバニ

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 2000年7月に開催された「沖縄サミット」を契機として、全国的な沖縄ブームが高まりを見せ始めていた。01年4月から9月に放送されたNHK朝の連続テレビ小説「ちゅらさん」は再々放送、さらに続編が作られるほどの人気を博し、県外出版社が作る沖縄関連本(沖縄本)も百花繚乱、『沖縄オバァ列伝』(双葉社)に始まり、健康長寿、スローライフ、沖縄移住などをキーワードにした本が多数出版された。

 県内に目を移すと、新しく立ち上がったチャイルドフッドが、2002年の『Cafe100』を皮切りに「100シリーズ」を相次いで刊行、いずれもベストセラーになった。音楽カルチャー雑誌『hands』も若者を中心に人気を集めるようになり、洗練されたデザインの雑誌・ガイドブック類も増えていった。

 ところが、2001年9月に発生したアメリカ同時多発テロが思いがけずブームに冷や水を浴びせた。米軍基地の集中する沖縄への観光旅行キャンセルが相次いだのである。国家的イベントや公共放送のドラマをきっかけに熱烈な沖縄ファンを生み出しながらも、悪化する世界情勢の影響を如実に受けるという、沖縄そして日本のはらむ矛盾があからさまに露呈した時代であった。

 9・11からわずか5日後の9月16日には、ロックバンドのモンゴル800がアルバム「Message」を発表し、インディーズ初のオリコン1位を獲得、HY、オレンジレンジなど後発のバンドも続き、沖縄インディーズブームを巻き起こした。沖縄音楽人気を受けた出版界でも、古典音楽ではなくポップスを三線で弾きたいというニーズへ向けた『沖縄ポップス工工四』(キャンパスレコード)が刊行されている。

 さらに特筆すべき事項としては、沖縄本島のみならず離島への注目度が高まったことがある。石垣の出版社・南山舎は2000年に『やいま文庫』を発行するなどしてその活況ぶりが話題になり、ボーダーインクから2002年に出版された『読めば 宮古!』は宮古を中心に爆発的な売れ行きを記録した。

 県産本にとって沖縄ブームは追い風である半面、さまざまに困難な状況も呼び込み、根本的には「地に足のついた本を作り続けていけるかどうか」の正念場でもあった。世間の沖縄熱は少しずつ収束してゆき、全国的な雑誌不況の流れもあいまって、2000年代後半以降、『hands』『うるま』『カラカラ』などといったカルチャー雑誌は相次いで休刊することになる。しかしながら2008年には東洋企画印刷を発行元とした雑誌『モモト』が創刊し、沖縄ブーム終焉、さらに雑誌が売れない時代においても硬派かつ充実の記事を意欲的に展開し、現在に至るまで高い支持を受けている。

 戦後60年にあたる2005年に琉球新報が出版した『沖縄戦新聞』は異色の形態をとった。新聞紙上で行われた連載を、紙面をそのまま箱に梱包して発行したのである。このころの沖縄タイムス社・琉球新報社は同じテーマの書籍を競うように出版しているのが目を引く。集団自決の強制性をめぐって勃発した教科書検定問題に関連して、琉球新報は抗議県民大会の写真集『沖縄のうねり』を緊急出版(2007年)、沖縄タイムスも紙面報道をまとめた『挑まれる沖縄戦』を刊行した(2008年)。

 2000年代後半の最大のヒットジャンルといえば沖縄の年中行事や祭祀にまつわる本であろう。とりわけボーダーインクの『よくわかる御願ハンドブック』(2006年)は、沖縄で長きにわたって行われてきた年中行事や祭祀の手順をわかりやすく解説した初心者向けマニュアル本で、社会の近代化や核家族化によって親世代から御願ごとについて教わることができなくなった時代のニーズをつかみ、一大ヒットを記録した。

●「本屋の御嶽」から「遊び庭」へ

復帰20周年の節目である1992年、沖縄の出版界の片隅で、次のようなコラムが発表されて物議をかもした。当時の雰囲気をそれなりに映し出しているので、紹介したい。

 沖縄の本屋の特徴は、「郷土コーナー」がある、ということである。だいたい大中小有名無名匿名の本屋さんにとりあえずある、というのは、他の地方の出版社事情からすると、意外に珍しいことなのである、それなりの量と質があるという意味で。しかし、本屋に入って「郷土コーナー」にチェックを入れる人というのは、そんなに多くない、ということも事実ではある。定期的に「郷土コーナー」を見渡す人は、だいたい沖縄の地元出版社の人である。様々な沖縄本の前でたたずみ、ぼそぼそとなにかつぶやくその姿は、ウートートーしているおばぁに似ている。つまりですね、郷土コーナーの存在とは、本屋における御嶽なのである。沖縄の本屋の御嶽ということは、どういう場所にコーナーが位置しているのかということでもわかる。だいたい、本屋の奥なのである。沖縄の村落における御嶽の位置を考えてほしい。村落の後方にひかえて、家々を包み込むようにしていますよね。沖縄の御願所は決して大袈裟に目立ちはしないが、その分、村人の心の中では大きな位置を占めているのである。

 訪れる人が少なくても、御嶽と郷土コーナーは存在するだけで、沖縄の人の心を結びつけているのである。はははっ。沖縄の生活の中に祈りが存在するかぎり、御嶽と本屋の郷土コーナーは存在し続ける……そうあって欲しい。(『私の好きな100冊の沖縄』前書きより)

 このコラムが書かれてから10年あまりを経た2000年代の初頭、郷土本コーナーは、県内外で出版された多彩な県産本・沖縄本が揃い、場所も本屋の前面で展開されているケースも少なくない。郷土本コーナーが、まるで「御嶽」から「遊び庭」へと変わったようであった。