2014年7月から今年3月までに沖縄タイムスの総合面・文化面で連載された「岐路」を改題してまとめた「沖縄の『岐路』」の発刊を記念したトークセッションが10月31日、ジュンク堂書店那覇店であった。沖縄タイムス社学芸部の与儀武秀記者と城間有記者が、沖縄の重大な転換期を取り上げ、現在の問題とつなげながら、沖縄の主権・自立・アイデンティティーの変遷をたどった意欲作。セッションの模様を全文紹介します。

「沖縄の『岐路』」の購入はこちらから

左から司会の仲里功さん、与儀記者、城間記者

与儀記者

城間記者

仲里功さん

トークはジュンク堂那覇店の地下で行われた

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司会 お集まりいただき、誠にありがとうございます。本日は沖縄タイムス社より発売いたしました『沖縄の岐路』発売記念と致しまして、「トークセッション 沖縄の岐路 過去の歴史的社会事象から沖縄の未来を考える」を始めさせていただきます。ご出演に沖縄タイムス記者与儀武秀さん、城間有さん、そして進行役に仲里功さんをお迎えして行わせていただきます。皆様、お三方に大きな拍手をお願い致します。

(拍手)

 仲里 仲里といいます。よろしくお願いします。今日は進行役というような形で務めさせていただきます。今年の5月に『沖縄の岐路』は沖縄タイムスのブックレットNo17として出版されました。この文は、昨年の7月から今年の3月まで約8カ月くらいかけて沖縄タイムスの文化面を中心にして連載されたものであります。今日は担当記者である与儀武秀さんと城間有さんのお二人から直接話を聞いていくという形にしたいと思います。

 この本の最初の方に『近世から現代まで歴史のターニングポイントを取り上げ、その内実を分析、専門家の指摘を貰い今日的な意味を探る意欲的連載の書籍化』という内容紹介が簡単に行われております。サブタイトルにもあるように、「歴史を掘る、未来を拓く」という問題意識がこの連載には貫かれているというふうに思います。最初に、私のほうから私的な感想や体験も踏まえまして、特に沖縄における新聞というメディアが置かれている状況と、あるいは新聞が果たしている役割について若干私なりの話をしまして、その後具体的にこの本の内容についてお二人から聞いていくというふうにしたいと思います。

 今、沖縄のメディアを取り巻く状況というものを考えますと、すぐに思い浮かぶのは作家の百田(尚樹)氏の発言が思い浮かびます。自民党の議員の勉強会の中で発言したことが取り上げられました。その発言は沖縄のメディア、特に新聞を潰せというふうな、物議を醸すような発言でありました。この発言は単なる偶発的な発言というふうに捉えることができないような、もっと恒常的な問題を孕んでいるように思います。これまで日本の閣僚など政府高官から度々沖縄のメディアについて「沖縄のメディアは偏向した報道をしている」という発言が繰り返しなされています。なぜそういうような発言が繰り返し沖縄のメディアに対してされるのか、ということを考えますと、逆に沖縄のメディアが果たしている役割が浮かび上がってくるんじゃないかと僕は考えています。

 特に沖縄の新聞メディアが戦後出発にあたって指針にしたことは、戦前の翼賛体制と新聞が戦争に加担したということの痛切な反省の上に立って出発しております。と同時に、戦後沖縄の戦後史のメインストリームを形成した復帰運動が展開されていくわけですけれど、沖縄のメディアはキャンペーンメディアだと言われるくらい、沖縄の民主運動といいますか民の視点に寄り添いながら報道していくというのが一貫して展開されております。そういったメディアが果たしている役割に対して、政府高官が度々偏向報道をしていると、そして先ほど紹介した作家の百田さんの沖縄のメディアを潰せというふうなことが言われています。このことはやはり沖縄において新聞の報道を考える上で、ひとつ念頭に置いて考えねばならないだろうと思います。

 もう一つ、困難な状況としては、新聞に代わってソーシャルメディアが爆発的に発達しておりまして、新聞というメディアは相対的に役割が低下してくるというような状況があります。今の若者たちというか、特に大学生でも新聞を読まないというのが多くなっていると言われておりまして、実際私も大学で教えたりしますけど、その時に学生に新聞を読んでいるのかどうかたまに質問すると、読んでいない学生がほとんどであります。そういった新聞を取り巻く物理的な環境がかなり厳しい状況がある。これは沖縄のメディアだけではなくて、世界的な活字メディアが置かれている厳しい状況。そして、先ほど言ったように沖縄のメディアが置かれている特殊な状況は、先ほどの発言に見られるような沖縄のメディアが果たしている役割に対する圧力と言いますか、攻撃、非難等が露出してきているということが言えるだろうと思います。そういう状況の中で、昨年こういう連載がされているということはやっぱり大きな意味を持つんじゃないかと思っております。そういうことを前置きにしまして、これから具体的に『沖縄の岐路』の連載を担当したお二人に話を伺っていきたいと思います。

 まずお二人に、なぜこういった連載を考えたのかということについてお聞きしたいと思います。まず与儀さんの方から。

 与儀 みなさんこんにちは。沖縄タイムス学芸部で文化面を担当しております与儀と申します。よろしくお願いします。今日は世間一般的にはハロウィンの日ということで、国際通りも仮装行列など騒いでいるようですけれども、昭和生まれの自分には何がそんなに騒がしくするのか分からないところもあるんですが、そんな忙しない中でお集まり頂きまして大変感謝を申し上げます。

 先ほど仲里さんから少しお話があったように、沖縄タイムスのブックレットで『沖縄の岐路』という本を発刊いたしました。去年の7月から今年の2月まで総合面、あるいは文化面で連載をしておりまして、合計47回を、近世から近代、戦後、復帰後、現代という形で5部に分けて連載をした関連の回を全て網羅して1冊にした本です。なぜ、この連載を刊行しようと思ったかというきっかけについて申し上げますと、この連載をスタートさせた去年の7月がどういう時期だったかと言いますと、最近翁長雄志県知事が辺野古埋め立て承認を取り消すということで、それを国交相が再度の取り消しという形で法廷闘争も辞さないということで県と国が対峙をしておりますが、去年の7月はちょうど一昨年の末に当時の仲井真弘多前沖縄知事がまさに辺野古の埋め立てを承認した時期にあたっておりまして、その後に国が工事を進めるという形でその翌日の、1月か2月だったでしょうかね、辺野古の沖にフロートを設置して、夏からはボーリング調査が始まるというふうな状況の中で、この連載というのはスタートしております。

 周知のように仲井真前県知事はですね、埋め立て承認をした時に、会見などでもいろいろな形で取り沙汰されましたけれども、2010年の2期目の選挙の当時には普天間基地の辺野古移設の県外移設を公約に掲げて当選をしております。つまり、県外移設の公約と埋め立て承認という形は齟齬(そご)があるじゃないですかと、言ってることとやってる政治的な行為というのがズレがあるのではないかということで、さまざまな形で県民世論の中でも反発が強まって、それがいわゆる政治不信のような形で、これから沖縄はどうなるんだろうかと、いうふうな時期にあたりました。

 その中でこの連載をスタートしようとしたのはですね、普通は新聞紙面で1日1日のデイリーの、日々の事象というのはもちろん重要な情報発信として総合面や社会面で生の動きが取り沙汰されるわけですけれども、何か生の動きだけでは違う形の取り組みというか、少し射程を広く取った長いスパンで、深い射程で物事を考えることが必要ではないかなということを日々の紙面を見ていて私自身感じておりました。

その中で、現在の事象はもちろん押さえながらも同時に少し歴史的な深いスパンで、なんで沖縄はこういうふうな社会になったんだろうというふうなことを少し近世から歴史を振り返ってみる形で考えてみる連載をしたいなと思って、それで文化面の当時の同僚、パートナーである城田有記者に相談をしまして、当時仕事ちょっと早めに終わって2人でビール飲みに行って、それでこんな連載しないか、みたいな提案をしてですね、まぁとりあえずやろうと2人で話をしまして、それで7月から連載が始まったというような形で連載をさせていただきました。その連載は断続的に今年の2月まで続いておりまして、1冊にまとめたのが今回の『沖縄の岐路』という本になります。