この欄でいまさら記すのも忍びないのだが、僕は沖縄生まれのウチナーンチュではない。北海道生まれの日本人=ヤマトンチューだ。ただ、ウチナーンチュであろうがヤマトンチューであろうが、非道で卑怯(ひきょう)なふるまいが公然と行われていることに対しては、人としての恥ずかしさを覚えると同時に、持って行き場のないような怒りが自分のなかで沸々とわき上がってくることを押さえることができない。

名護市の米軍キャンプ・シュワブゲート前を通るトレーラーに積まれた辺野古新基地建設の工事用大型機械=10月30日午前7時半すぎ

 翁長雄志県知事が辺野古埋め立て申請承認を取り消して以降のこの国の政権の対応ぶりをみて、このように言明せざるを得ないと言っているのだ。これが一つの地方に対して中央政府がやることか?

 「琉球処分」という言葉がある。学校の歴史の教科書にも出ている学術用語だ。だが、この用語も所詮(しょせん)は、本土(大和)の立ち位置から使われてきた言葉かもしれない。1609年に薩摩藩の軍が琉球王国に侵攻し首里城を占拠した琉球征伐事件をさして第1次「琉球処分」といわれることが多い。

 続いて、1872年の廃藩置県で明治政府によって琉球藩が置かれたことをさして第2次「琉球処分」、さらに第2次大戦をはさんで、本土の捨て石として唯一の地上戦として沖縄戦が戦われた後、施政権がアメリカに譲渡され、米軍による実質的な占領を(日本が)甘受したことが、第3次「琉球処分」と呼ばれることがある。

 そして1972年、米軍基地の現状を維持したままの本土復帰=沖縄返還をさして、第4次「琉球処分」と位置づける人々もいる。今、辺野古に新基地を造ることを政権が強行する動きをさして、第5の「琉球処分」という人々がいる。その認識が間違っているとは僕には思えない。

 複雑に入り組んで込み入った話を理解するときに、よく例え話が使われる。そうか、そういうことだったのかと納得がいくようなうまい例え話がこの世の中にはあるし、かつてもあった。先人の知恵というのはちゃんと根拠があるのだ。

 作家の池澤夏樹氏は沖縄への理解がとても深い人だと僕は思っている。氏はかつて沖縄のことを、「40数人のクラスに戻って来た色の黒い転校生」に例えていた。〈強大な他校との喧嘩(けんか)でこの子を前に出してぼろぼろの目に遭わせ、しかもその後で人質として差し出した。だから(註:転校して)戻ってきても素直に「お帰り」と言えない。まして「ごめん」とはとても言えない。すごく気まずい。だけどこの子はおそろしく芸達者だった。歌がうまく、話がおもしろくて、料理の腕もいい。気まずい思いはそのままに、みんなが彼の持つ芸能力に夢中になった。〉(2012年5月15日付朝日新聞のエッセー「同級生は怒っている」より)。

 旧知の元朝日新聞記者と話していてとてもわかりやすい例え話を聞いた。47人で山登りをしている。ところが一番後ろでのぼっている新参者のO君に他の登山者の荷物35個分を背負わせて皆平気な顔をしてのぼっているのだ、と。そこで今起きていることを例え話にするとどうなるんだろうか。

 ここは中学校のクラスだ。O君はいじめられている。O君は転校生だった。いじめているのは、初めはクラスのお金持ちのボンボンを囲む少数のボスグループだったが、誰もが見て見ぬふりをしている。O君が「助けて」とサインを送っても無視される。誰もがそのお金持ちのボンボンの取り巻きグループが怖いのだ。一度、担任の先生に相談したが、彼はボンボンの親とつながっていて、いじめをいじめだと決して認めようとしない。どこかの国の裁判所みたいだ。いじめと断定するだけの客観的証拠がないとかぶつぶつ独り言を言っている。

 学級委員長のN君は「いじめをなくそう」と言っていて2期選ばれたが、ついには「いじめなんかなかった。代わりに教室の設備がよくなったじゃないか」と言ってO君を裏切ってしまった。さすがに同級生たちはあきれた。それで新しい学級委員長を選びなおした。O君はやっとこれでいじめがなくなると一安心した。

 ところが、学校の担任は今までどおり「いじめはない」といい続けて、ボンボンの取り巻きグループに対して何もしようとしない。さらには学校の校長や教育委員会まで乗り出してきて、学校の評判が下がるのであまり騒がないでほしいと言い出した。「いいかね、いじめがあったなんて主張する権利はまだまだ未熟な君たちにはないんだよ」。まるでどこかの県の異議申し立てを国同士の大臣のたらい回しで押しつぶしているどこかの国みたいだ。

 書いていて気分が悪くなる。話題を変える。

 10月に東京都内の小さなギャラリーで、日本の現代史の歩みを考える上で貴重な写真展があった。インドネシアの戦争中の日本軍による性的暴力被害者(いわゆる「慰安婦」を含む)の肖像写真を展示したものだ。オランダの著名な写真家ヤン・バニングさんが歳月を費やしてインドネシアで本人たちの了解を得ながら撮影した写真だ。

 2010年に発表されて以来、本国オランダのみならず、インドネシア、米国、ドイツ、フランスで写真展が開催されてきた。大きな評価を得た一連の作品は、アムステルダム国立美術館(Rijksmuseum)でもコレクションとして所蔵されている。すでに撮影後に亡くなった人もいる。カメラのレンズを正面から凝視する彼女たちのその顔の表情から私たちは何を読み取るだろうか。

 その写真展が沖縄でも開催されることになった。歴史を改ざんするような不誠実な態度、自分たちに不都合な過去にきちんと向き合うことを避けるような姿勢からは何も生まれない。11月7日から23日まで県平和祈念資料館・海と礎の回廊においてその写真展が開催されるので、お時間のある方はぜひとも足を運んでくださいませ。写真展の詳細はこちら→ http://wam-peace.org/20151030-2/(2015年11月5日付沖縄タイムス文化面から転載)