沖縄を歌い、世界をつなぐ楽曲を生みだし続けるBEGIN。石垣島の同級生3人で結成したバンドは、郷愁を誘う歌詞とメロディーで多くのファンの心をつかむ。ブルースから沖縄民謡、ハワイ、南米と、音楽の旅を続ける中で見いだしたのは「歌への感謝」。デビューから25年。沖縄の若い世代へ、思いをつないでいる。(企画・制作 沖縄タイムス社広告局)»25周年記念特集の紙面はこちらからご覧になれます

デビュー25年を迎えたビギンの島袋優、比嘉栄昇、上地等(右から)

比嘉栄昇

上地等

島袋優

オジー自慢のオリオンビール

オリオンビール宮里政一常務とブレーン沖縄山里泰彦専務(右から)

「オジー自慢のオリオンビール」ドラフト限定缶発売共同記者会見に臨むビギンの3人、宮里政一さん、ブレーン沖縄・山里泰彦さん(左から)=2003年4月19日

国道508号線

カチャーシーの男の子が話題になったCM

比嘉智さん

ライブでは5千人の来場者全員がダンスを踊り楽しんだ

瑞泉酒造が制作した「祝い古酒 びぎんのしまー」

営業部営業推進グループ主任の勝連陽子さん

瑞泉酒造「びぎんのしまー はじまりの酒」

NEWアルバム「Sugar Cane Cable Network」

デビュー25年を迎えたビギンの島袋優、比嘉栄昇、上地等(右から) 比嘉栄昇 上地等 島袋優 オジー自慢のオリオンビール オリオンビール宮里政一常務とブレーン沖縄山里泰彦専務(右から) 「オジー自慢のオリオンビール」ドラフト限定缶発売共同記者会見に臨むビギンの3人、宮里政一さん、ブレーン沖縄・山里泰彦さん(左から)=2003年4月19日 国道508号線 カチャーシーの男の子が話題になったCM 比嘉智さん ライブでは5千人の来場者全員がダンスを踊り楽しんだ 瑞泉酒造が制作した「祝い古酒 びぎんのしまー」 営業部営業推進グループ主任の勝連陽子さん 瑞泉酒造「びぎんのしまー はじまりの酒」 NEWアルバム「Sugar Cane Cable Network」

デビュー曲「恋しくて」のヒットと迷い

 BEGINはテレビのオーディション番組でチャンピオンに輝き1990年、「恋しくて」でデビュー。CMソングにも起用され、全国的にヒットした。
 ボーカルの比嘉栄昇は「いきなり大きなステージで全国ツアー。めまぐるしかったが、これがやりたいことか疑問もあった」と振り返る。プロとして「売れる曲」が求められる。その中で、迷いがあった。
 90年代中盤はヒット曲に恵まれず、デビュー時のサポートメンバーも見切ったように離れた。その中、BEGINは車1台で全国各地のライブハウスを巡るツアーに出る。

 「落ちぶれたな」。小人数のライブで演奏すると、そんな声も聞かれたが、各地に根付くミュージシャン、音楽を愛する人々と酒を酌み交わすことで、自分たちのやりたい音楽と、ルーツの沖縄に目を向け始める。

ルーツを見つめた「涙そうそう」「島人ぬ宝」

 そして2000年、「涙そうそう」など、三線や琉球音階を取り入れた初のアルバム「ビギンの島唄-オモトタケオ」を発表する。
 比嘉は「ビギンはブルースバンド。沖縄音楽をやるにはリスクがあると考えていたが、自分たちはどこの人か。沖縄、石垣のミュージシャンだと思えるようになった」と振り返る。
 古くから沖縄の人々と共にあり、戦中や戦後も人々を支えた「うた」に感謝しようと01年、慰霊の日直後に「うたの日コンサート」を初開催。02年には石垣島の中学生に呼びかけ、島への想いを書いてもらった言葉から「島人ぬ宝」をリリースする。
 故郷への愛情や人々のつながりを歌った楽曲は、沖縄を超え、日本全国、世界へと広がる。
 ハワイや南米でも日系人を中心にファンが多く、交流を深める中で、フラや、ブラジル音楽「マルシャ」を取り入れたアルバムも発表。キーボードの上地等は「沖縄民謡やブルース、マルシャも、その地に息づいた音楽。そのルーツが持つパワーにひかれる」と語る。

自分たちの音楽ができれば幸せ

 今年6月、15回目を数えた「うたの日コンサートin嘉手納」は、子どもたちのフラダンスやエイサーをBEGINが演奏で支えた。歌への感謝と共に、多くの人が歌や踊りに参加する、というテーマが新たに加わっていた。
 若い人たちに伝えたいメッセージがある。
 「デンサー節など沖縄民謡の多くは作者不詳。歌いつなぐことで今の形になった。歌は作詞作曲の権利に縛られたものではない。みんなが作れるし、楽しみ、思いを共有できるものだ」
 25年前、音楽業界に飛び込んだ3人の若者は壁にぶつかり、歌の素晴らしさを見つけ、世界に通じる曲を生み出した。
 ギターの島袋優はBEGINの未来をこう予想する。「曲を作る時はいつも悩むし、見た目ほど余裕のある3人ではない。でも、50歳を超えても同じことをしている。若い才能と出会い、自分たちの音楽ができれば幸せだ」(インタビュー・新崎哲史)