内田良准教授(名古屋大学)は、日本スポーツ振興センターが刊行する『学校管理化の死亡・障害事例と事故防止の留意点』のデータ等を分析し、組体操には完治不能な障害事故のリスクがあること、近時の巨大化の流れで事故件数が増大していることを指摘する(同『教育という病』)。

 私は裁判例を分析し、組体操という競技それ自体の問題を確認したい。裁判例に着目するのは、裁判に至る事故には、「訴えるしかない」と追い詰められるほどの理不尽さがあるからだ。「運動競技にケガは付き物だ」と言われるが、もし本当に仕方ないと思える事故ならば、多大なコストを払ってまで裁判をする人はいない。

 例えば、裁判例となったバスケットボール事故は、通常の競技に伴う骨折などではない。乱暴な生徒による暴行や熱中症など、指導者が十分な安全管理を怠った事例ばかりだ。

 では、組体操事故の裁判例は、どうだろうか。特に危険が高いタワーとピラミッドについて紹介しよう。

 2009年12月25日の名古屋地裁判決は、小学校6年生が4段タワーの最上位から墜落し骨折した事例で、約110万円の損害賠償を命じた。

 判決は、4段タワーの実施には「最上位の児童を立たせる合図をする前に、3段目以下の児童が安定しているか否かを十分確認したり、不安定な場合には立つのを止めさせたりし、児童が自ら危険を回避・軽減する措置がとれない場合に補助する教員を配置するなど」して危険を回避する義務があるとした。

 1994年12月22日の福岡高裁判決は、高校生がピラミッドを形成中に崩落し、最下段中央部の生徒が、頸椎(けいつい)骨折により四肢まひの障害を負った事案で、約1億750万円の損害賠償を命じた。

 判決は、「ピラミッドの途中崩壊が不可避な現象であり、かつ高い危険性を有する」ことを指摘し、「平素から、特段の事故防止の指導に努めた形跡はうかがえないし、本件事故発生に際しても、臨機応変に意図的な分解をあえてしてでも事故の発生を未然に防止等する方策にそもそも思い至らないばかりか、ピラミッド全体を見渡せる位置に補助者を配置することもなく、崩落のままにまかせてなす術を知らなかった」とした。

 二つの判決は、(1)一つ一つのタワーやピラミッドごとに十分な監視者を配置し、(2)不安定な部位が生じた場合には即座に中止・分解する準備をし、(3)崩落時の危険を回避する特別の対策を採ることを要求する。

 しかし、(1)教員の数は限られているから一つ一つのタワー等を精密に監視することは非現実的だ。また、(2)一体感と感動が過剰に求められる組体操の場面で、土台が不安定だから中止しろと冷徹な指示を出すことは心理的に極めて難しい。さらに、(3)タワー等が崩落したときに、それを支える特別の方法など、そもそも存在しない。とすれば、裁判所が要求する注意義務を果たすことは不可能だ。

 つまり、裁判所は、組体操でタワーやピラミッドをやること自体が違法だとするに等しい判決を書いている。それにもかかわらず、なぜこんなに危険な競技が行われてしまうのか。次回はこの点を掘り下げたい。
(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。