沖縄が本土に復帰した1972年に、日本の内外の騒然とした社会状況を捉えて、故・吉本隆明は〈戦争が露出してきた〉と喝破していたことを記憶している。〈戦争が露出してきた〉という言葉は確かにあの当時の世の中の空気の本質的な部分を言い当てていたように思う。

工事車両の侵入を警戒し座り込みに参加する市民=8日、名護市辺野古・キャンプ・シュワブゲート前

 まさかそこまではやらないだろうという「常識」がいとも簡単に打ち砕かれて、おきて破りのような行為が立て続けになされると、やられた方はショック後の精神的空白というか、無感覚の空虚に襲われることがある。頭が真っ白になるというやつである。第三次安倍内閣の沖縄担当大臣に県選出の島尻安伊子参議院議員が就任した。当選2回ながらの大抜てきである。あぜんとした人も多いのではないか。

 島尻氏は宮城県出身で、結婚して沖縄に移り住んできた人物だ。もちろん沖縄に移住した人たちの中には、沖縄の土地・風土を慈しみ、ウチナーンチュの心を解するに至った人もいる。島尻氏の場合はどうか。氏のこれまでの政治的スタンスの激しい変転ぶりをかえりみると、率直に表現するならば、底なしの虚無感にとらわれてしまうのだ。人間という生き物はこの軟体動物顔負けの超絶変転を自らに許すものなのかと。

 島尻氏が政治の世界に関わってきたのは、2004年の那覇市議補欠選挙で、この時は民主党公認で初当選した。だがすぐに離党、その後の参議院選挙に沖縄選挙区から無所属(自公推薦)で出馬して当選、直後に自民党に入党した。そして民主党政権が誕生すると、自民議員ながら「沖縄人の声を代弁しなければならない」などと言い出し、10年の参議院選挙では、普天間基地の「県外移設」を公約に掲げて再選された。しかしその後、国政が民主党政権から自公政権へと戻った後の13年には「県外移設」の公約を破棄して、辺野古新基地建設推進へと転じた。

 それ以降は、島尻氏は辺野古反対陣営への攻撃の急先鋒(せんぽう)の役割を積極的に果たしてきた。例えば、島尻氏は、辺野古反対を唱える地元名護市の稲嶺進市長に対して「政治目的から行政の権限を濫用(らんよう)することは地方自治法上問題だ」と国会質疑の中で激しく攻撃した。

 翁長県政が誕生した14年の県知事選挙では、仲井真弘多前知事の横に密着して選挙応援を行っていた。自民党沖縄県連の会長に就任した今年4月、島尻氏は、県連大会のあいさつで、辺野古新基地建設をめぐる反対運動について「責任のない市民運動だと思っている。私たちは政治として対峙(たいじ)する」と発言した。

 今回、沖縄担当大臣就任後の内閣府での初記者会見の場で島尻氏に質問してみた。かつて「県外移設」を公約に掲げていたあなたが、あらゆる手段を講じても辺野古に基地をつくらせないとする翁長県政の政策とのギャップを埋められると考えているのか、と。新大臣は「政府として辺野古が『唯一の選択肢』だと進めており、私としても何としても進めないといけないと思う」と答えた。沖縄在住の研究者・親川志奈子氏をして「腐りないちゃー」と言わしめる島尻氏の大臣起用は、政権が本気で翁長県政をつぶそうと乗り出してきたことの露骨な意思表示だと捉えている人も多い。

 その翁長雄志知事は、9月21日にスイス・ジュネーブの国連人権理事会総会に出席して、「沖縄の人々は自己決定権や人権をないがしろにされている」と、日本政府とアメリカ軍による沖縄への構造的差別の現状を世界に訴え理解を求めた。日本の都道府県知事があの場で世界に向けてスピーチを行ったことはこれが初めてのことだった。

 その場に日本政府代表として立ち会っていた嘉治美佐子ジュネーブ大使が、翁長知事の演説終了後に反論の演説をし、日本からの報道陣に対して「適正な手続きにのっとって(政府は)やってきた。事実関係を無視した知事の発言は国際社会の理解を得られないのではないか」と述べた上で「軍事基地の移設の問題を人権の保護・促進を扱う人権理事会で取り上げるというのは、ちょっとなじまないというふうに感じています」と発言していた。

 そうだろうか。嘉治大使が本気でそのように考えて発言していたのならば、世界各地の軍事基地周辺で起きている人権侵害事例について無視することに決めていると宣言しているに等しい。多彩な経歴を持つ嘉治氏は「人間の安全保障」研究や国連難民高等弁務官事務所勤務で何を学んでこられたのだろうか。まさか普天間基地移設問題浮上の引き金になった1995年の米軍基地周辺での沖縄の女性への暴行事件に対する人権侵害事件のことをご存じないわけがないだろう。

 このところ、辺野古新基地建設に反対する人々への警察や海上保安庁、沖縄防衛局などの警備の物理的な力の行使の度合いが強化されてきているようだ。現場の声を聞くと警備が手荒になってきたという。ネット上には米軍基地内から撮影された出所不明の反対住民らの抗議行動映像がアップされたりしている。撮影していたのが警備当局者(あるいは米軍)である可能性も高い。何ゆえ、またどのようなルートで流出したのか。

 反対派住民のテントが襲撃される事件も起きている。もともと住民らの反対運動への警備強化を国会で盛んに訴えていたのは先に記した島尻氏であった。2014年2月の参議院予算委員会で「危険な行為に先んじて対策を打つことが必要ではないか」と海保長官や国家公安委員長らに質問していたが、さすがに「予防拘禁」を許すような言質までは引き出せなかった。けれども、反対運動の現場での警備の対応は明らかに変わっていった。

 翁長知事は今月13日、辺野古の埋め立て承認を正式に取り消した。島尻新大臣の就任で、沖縄をとりまく状況は、今後ますます〈戦争が露出してきた〉事態となるのだろうか。最もあってはならないことは、主権者である国民が、無関心、無感覚、精神的な空白に陥ったままとなることである。(2015年10月15日付沖縄タイムス文化面から転載)