前回のエッセーでは、DVと虐待が併存したケースの難しさと、虐待介入や子ども支援をめぐる環境整備が必要なのではないかということを書かせていただきました。虐待児童の支援を含む児童福祉の分野には、特に具体的な支援を行う「資源」欠乏という大きな問題が多くの支援者を困らせています。


 以前このエッセーで、お母さんが統合失調症を患っていて、母子家庭で生活している小学生のみつる君(仮名)のことを紹介しました(「子ども達の地域支援から見えてくる「実践文化」のちがい」)。みつる君が赤ちゃんの時に、お母さんが統合失調症の症状のため調子が不安定で自殺念慮が著しく、緊急入院が必要になった時がありました。お母さんからの電話を対応した相談施設のケースワーカーが自宅訪問を行い、パニック状態になっているお母さんを説得し病院受診に同行。かかりつけの精神科病院でも、入院が必要という判断に至ったのです。しかし、まだ生まれて1歳にもならないみつる君をどうするかということになりました。みつる君親子は、近くに親戚や家族など頼れる人がいませんでした。その日は土曜日。児童相談所の休日対応の相談員と話をするのですが、乳児は一時保護所で緊急保護することはできず、乳児院入所しかできないこと、そして乳児院では緊急預かりができないことを説明されました。みつる君とお母さんを前に、病院に同行した相談員は困り果ててしまったわけです。


 虐待事例から少し離れますが、非行少年介入の分野ではこういうことがありました。カズアキ君(仮名)は中学校3年生の時に起こしたある事件のために、少年院に入所してしまいました。彼が退所する時には高校生の年齢。すでに中学は卒業となっていて、家に戻ってきても通える学校もなく、教育委員会の支援「教室」にも対象にならない状況にありました。カズアキ君は、「1年遅れてもいいから受験して高校に行きたい」という希望を持っていたのですが、収入と生活の安定しない父親との2人暮らしでした。そのままだと日中何もすることがなく、ひきこもり生活、あるいは昼夜逆転生活から深夜徘徊、そして何らかの事件に巻き込まれてしまう懸念があったわけです。保護観察所の担当者から、カズアキ君の日中活動についての相談を受けいろいろと模索した結果、ある障害者就労支援事業所のはからいで、カズアキ君をその事業所のベーカリーとカフェ業務を手伝わせてもらえることになりました。彼はそこでわずかながら工賃をもらえるようになり、料理に興味を持ち始め、高校の食品科に入学していきました。


 カズアキ君のケースに関わった時に、担当者がふと「障害福祉には使えるサービスや活動がたくさんあるのにねー」と漏らしていました。子どもが発達障害や知的障害などがあって障害福祉の対象になるのであれば、様々な「資源」の対象になるわけです。家庭や母親の負担が大きくなってきて虐待の可能性が出てきた時に、家庭から距離をとるために児童デイサービス(放課後等デイサービス)を利用したり、時にはショートステイ(短期入所)を活用して何日か自宅から避難することも可能になるわけです。カズアキ君のように就労支援を活用して日中活動を組み立てることも可能になるのです。ここに紹介したようなサービスや活動のことを「資源」と呼ぶのですが、虐待や非行・ぐ犯少年が対象となる児童福祉分野には存在しない「資源」を、障害福祉のそれで代用しながら支援を組み立てた経験のある支援者も少なくないはずです。


 そもそも障害福祉も現在のようにアクセスの良い制度であったわけではありません。入所・入院施設が少し離れたところにあって、それ以外の施設を探すことが難しい時代が長く続きました。平成18年に障害者自立支援法が施行され、その後10年近くかけて現在のような、「生活圏の近く」にある福祉サービスへと様変わりしてきました。この制度転換のポイントは、小さな団体でも福祉サービス提供主体になれる制度にしたことです。それにより、生活の近くで、対象児童に必要なサービス(資源)が提供されるようになったのです。


 言いかえると、障害者自立支援法(現法は障害者総合支援法)以降の制度は、福祉サービスの外注(アウトソーシング)システムを発展させたところに大きな転換点があったのです。巷の小さな団体を含めた民間団体を支援の中核に据えることによって、行政や大規模な法人では展開できない、地域の実情に合ったきめ細かく、そして多様性のある支援サービスを提供できるようになってきています。


 虐待や非行ケース、あるいはその他障害の関わらない子どものケースに関わると、「通える距離に支援サービスがない」「緊急に使える支援サービスがない」「きめ細かく対応できる支援サービスがない」というのが実感です。障害福祉の児童デイやショートステイなど、具体的な生活を支えるような支援サービスの提供を行政と限られた福祉施設を軸とするものから、小さな民間事業所が行える制度に切り替えていく必要性があるかもしれません。


 もちろん子どもを家族から分離するような法的執行力をともなう強制的介入は、児童相談所のような行政機関に委ねられる必要があると思います。前回のエッセーでも記したように、児童相談所(市町村の児童家庭課も含め)や児童福祉機関の仕事をより円滑にするための環境整備が求められていると思うのです。児童相談所の仕事を円滑にするということは、個々の子ども達とそしてその家族の抱える困難に対しても影響を与えるものだと思うのです。