8月が過ぎた。暑い夏だった。本土のメディアでは、8月は8・15という本土でいうところの「終戦記念日」を含んでいるため、この前後に戦争をテーマにとりあげた企画・記事・放送が集中的に登場した。今年は戦後70年という節目でもあり、とりわけ多くの戦争モノがあった。

戦後初めて首相として来沖した佐藤栄作氏(中央)。日航特別機で那覇空港に到着後、歓迎式典に参加した=1965年8月19日、那覇空港

 だが、沖縄にとってみれば、6・23の方が沖縄戦の終戦を表す象徴的な日付になっていることもあり、8・15と言われてもいま一つピンとこないのではないか。そのことし、沖縄戦や沖縄の現代史をめぐってさまざまなテレビ番組がこれまでに放送されたが、僕自身、最も刺激を受け驚きを感じた番組について書き留めておこうと思う。

 いま何かと評判の悪いNHKだが、やはりNHKには豊富な人材と豊富な資金、それ以上にさまざまな余裕というものがあって、すぐれた作品が生み出される土壌があることは事実だろう。なかでもことし5月9日に放送されたNHKスペシャル『総理秘書官が見た沖縄返還~発掘資料が語る内幕』は、沖縄返還をめぐって首相官邸で何が起きていたのかを示す第1級資料(故・楠田實・首相秘書官の膨大な遺品)を基に、佐藤栄作首相(当時)の、公式には明らかにされていない動きを検証した内容で、いま僕らの周囲で起きていることの意味を考える上でも実に貴重な材料を提示してくれている。

 「核抜き・本土並み」の沖縄返還を実現させたい佐藤が、それを実現するために何をしていたのか。この番組でその内実が実に生々しい形で描かれていた。沖縄返還をめぐっては日米間ではさまざまな密約が交わされた。その一部は、佐藤の対米交渉における密使・若泉敬(故人)の『他策ナカリシヲ信ゼムト欲ス』(1994年、文藝春秋)で沖縄への核再持ち込みの密約などが明らかにされていた。

 NHKの番組では、若泉の交渉に先立って行われていた米国人ハリー・カーン(故人)と佐藤との秘密会談の中身が詳しく報じられていた。ハリー・カーンは占領期からの日本の戦後史にたびたび登場する謎の人物で、「ニューズウィーク」誌東京特派員の肩書とは裏腹に、フィクサーとして暗躍していた。ノンフィクション作家の青木冨貴子によれば「カーンこそは、占領期から戦後の日本政治の舞台裏で暗躍した黒幕で、保守本流の政権維持を裏から支えた知られざる“工作者”だった」(『昭和天皇とワシントンを結んだ男』2011年、新潮社)とされる。

 佐藤・カーン会談で何が話されていたのか。1回目の会談(1968年12月9日)でカーンは沖縄の基地は朝鮮半島有事に対処するために絶対に必要だと力説した。佐藤はカーンに対し、兄の岸信介を当選したばかりのニクソン米大統領と直接会談させたい旨依頼して、結果的に実現させている。2回目の会談(69年2月28日)ではもっと突っ込んだやりとりが行われていた。

 〈カーン 沖縄に核が残らない方がよいのか、それとも、沖縄に核があることが日本のために必要だとお考えなのか。〉
 〈佐藤 朝鮮半島情勢に対処するためには、何も沖縄に核を置く必要はないだろうし、むしろそのような核ならば韓国内に置いたら良いだろう。もっともそういう事態が発生したら、米軍は、日本本土の基地を使えば良いのだ。その結果、日本が戦争に巻き込まれても仕方がない。…朝鮮半島で米軍が出なければならない事件が起こった場合、日本がそれに巻き込まれるのは当たり前だ。このことを自分の口から言うのは初めてだ。国会でももちろんこんなことを言ったことはないし、絶対に口外しないで欲しい。〉
 〈カーン よくわかっている。〉   (同番組より)

 つまり、佐藤はカーンとの会談で、沖縄の「核抜き」返還を実現させる代わりに、朝鮮半島有事の際の米軍による日本全土の基地の「自由使用」を約束することを決めたのだ。最も重大な事実は、首相である佐藤が「日本が戦争に巻き込まれても仕方がない」と認識していたことだ。この時点で、佐藤は憲法の戦争放棄など吹っ飛んでしまうような決定的な対米隷従の選択肢をとっていたことである。

 以上のような闇の部分に光を当てただけでも、NHKの番組は評価されてしかるべきだと思う。ただNHKのこの番組は、佐藤の沖縄返還への執念を美化する傾向が若干強く、その点は引っ掛かるが、それを帳消しにするだけの「事実の重み」が伝わってくる。それにしても、祖父・大叔父の岸・佐藤を尊敬すると伝えられている安倍首相の政権が、現在行おうとしている安保にまつわる政策が、あの時の佐藤の対米隷従の選択と重なって映るのは、戦後70年目の歴史の「隔世遺伝」とでもいうべきか。

 言うまでもないが、「日本が戦争に巻き込まれても仕方がない」などという独断はあってはならない。ましてや、沖縄に対して、返還時の「核抜き」だけ実現させて、「再持ち込み」を密約で認め、「本土並み」は放棄して、米軍基地の74%を沖縄に押し付け続けてきた政策は、「沖縄がまず戦争に巻き込まれても仕方がない」と宣言しているに等しい。辺野古の工事がわずか1カ月間ストップしても、現政権の対沖縄観(これも歴史認識の一つであろう)が変わらない限り、何も出口は見えてこない。(2015年9月1日付沖縄タイムス文化面から転載)