戦後70年談話が出された。「大戦における行い」への「反省」と「おわび」の引き継ぎが間接的表現にとどまる一方で、「積極的平和主義」が強調された。本来の積極的平和主義とは、武力紛争をなくすため、文化交流・貧困対策・武器制限などを進めようという話だが、安倍晋三首相のそれは、要するに軍事同盟の強化のことだ。過去の談話とは、かなりの断絶を感じる。
 なぜそうなったのか。談話の基礎となった「20世紀を振り返り21世紀の世界秩序と日本の役割を構想するための有識者懇談会」(以下、21世紀構想懇談会)の報告書について、考えてみよう。


■複眼的考察欠く

 この報告書には、法の支配や人権尊重の重要性を説く点、過去の侵略に痛切な反省を示す点など、評価できる点もある。しかし、第2次大戦後の安全保障分野の見方はあまりに一面的だ。
 例えば、湾岸戦争の財政援助が「国際社会に評価されなかったことは、日本に大きな衝撃を与えた」とあるが、この点で反省すべきは日本ではなく、適正な評価をしなかった国際社会の方ではないか、という考え方もある。また、イラク戦争への自衛隊派遣を積極評価する一方、その正当化根拠であった大量破壊兵器が発見されなかったことへの反省は弱い。
 報告書の内容は総じて、軍事協力拡大の必要性を強調する一方で、それに伴うリスク(判断の誤りや、相手国の反発、自衛隊員や国民の負担など)について、あまりにも楽観的だ。もっと複眼的考察が必要だったと思われる。


■的確な批判必要

 なぜ報告書がこれほど一面的な内容になってしまったのか。気になるのは、21世紀構想懇談会の構成員だ。そもそも有識者に話を聞く目的は、政治的に中立な専門家による客観的・合理的な知見を獲得することで、政治決定の合理性を担保し、さらにそれを国民に示すことにある。
 しかし近時は、有識者の見解を自らの望む政策の権威づけの道具にする傾向がある。安保法制懇も、圧倒的な少数派である集団的自衛権合憲論者のみで構成された。これでは、報告書の客観性・合理性に疑義が生じるのも当然だろう。
 有識者の見解が本来の役割を果たすには、人選基準の明示など、信頼確保の工夫が必要だ。しかし、21世紀構想懇談会の設置にあたっては、大多数の研究者が肯定する「侵略」との表現に異議を示した人物が委員に選任された理由の説明もない。これでは、人選が恣意(しい)的だと批判されても仕方がないだろう。
 報告書の行方を懸念してか、7月17日に、大沼保昭氏・三谷太一郎氏らが、戦後70年談話に「侵略」・「痛切な反省」・「植民地支配」等の明記を求める声明を出した。これには、歴史や国際政治を専門とするそうそうたる面々が名を連ねた。逆に言えば、彼らは誰一人、21世紀構想懇談会に入っていないということだ。
 もっとしっかり有識者を選定していれば、優れた報告書ができ、国内にも国外にも、日本の未来をアピールできるものになっただろう。本気で良いものを作りたいときには、的確な批判者をそばに置くことが不可欠だ。戦後70年談話は、単なる自己満足になったことは残念だ。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。