6月25日、自民党内の自主的な勉強会「文化芸術懇話会」にて、講演者が、沖縄の新聞2紙はつぶすべきだ、という趣旨の発言をしたという。これは、権力者である国会議員に対して、新聞社への言論弾圧を唆したと受け止められても仕方がないだろう。

 本来であれば、主催者の国会議員は、言論の自由を尊重する態度を示すため、その場で異議を唱えた上で、国民に対して発言の事実を公表し、人選ミスをわびるべきだっただろう。しかし、出席した国会議員の中には、発言をたしなめるどころか、マスコミを懲らしめるには広告料収入がなくなるのが一番だから、経団連に働きかけてはどうか、という趣旨の発言をした者までいたという。

■国会議員の特権

 国会議員は、立法や行政統制にまつわる法的権限を持ち、事実上の影響力も大きい。国会議員としての権限や影響力を乱用して、特定メディアの発言を抑圧することは憲法21条の保障する表現・報道の自由の侵害であり、決して許されない。今回の発言が強く非難されねばならないという点については、野党はもちろん、政府・与党幹部も認めるところだろう。

 そこで本稿では、視点を広げて、発言の背景にある政府・与党の姿勢を問うてみたい。すなわち、安保法制の審議に至る流れを見ていると、政府・与党には、本来、全国民の利益ために活用すべき制度を、自分たちの主張を通すための道具にしようとする態度が散見される。

 2013年夏、異例の内閣法制局長官人事を行い、集団的自衛権行使は不可能としてきた内閣法制局の憲法解釈に圧力をかけた。14年末には、重大な争点対立もないのに、与党に有利なタイミングを見計らうかのように、衆議院の解散・総選挙を実施した。最近では、憲法審査会にて、集団的自衛権行使は違憲と発言した与党推薦参考人に対し、「人選ミス」「安保の素人」と罵倒した。いずれも官僚・選挙・専門家を、政府・与党に都合よく使おうとする姿勢が見て取れる。

■民主主義の基礎

 今回の発言は、メディアを政府・与党の「翼賛広報」にした上、経済界までも、メディアに圧力をかける道具にしようという意図が感じられる。

 当然のことながら、官僚・選挙(有権者の意思)・専門家・メディア・経済界は、政府・与党の道具ではない。それぞれが誠意を持って、自律的に活動・機能することで、多様な観点・意見が示され、政治を適切に評価できるようになる。これらの制度を、政権の道具にしようとすれば、意思決定に必要な十分な情報が流通せず、民主主義の基礎が失われるだろう。

 政府・与党は、今回の関係者を処分するだけでは、民主主義の回復には不十分だ。安保法制違憲説をとる憲法学者や、安倍政権の経済政策に反対する有識者を党の会合に招くなど、積極的に対立意見に耳を傾ける態度を示さねばならない。いわれなき非難を受けた沖縄の新聞を定期購読するのもお勧めだ。耳の痛い話も多かろうが、きちんと向き合えば、党の議論に深みが出てくるだろう。何より、地元紙をつぶすべきでないことがよく分かるはずだ。

 民主主義の本質は、多数決ではなく、そこに至る対立意見への傾聴にこそある。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)

※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。