好奇の視線が、周囲の記者から向けられているような気がした。

 6月12日、沖縄防衛局長の記者会見。私は一つの質問をした。

 「辺野古での警戒監視活動に当たっている方がビデオカメラを回しているのはなぜなのか。理由を教えていただきたい」

 前日、辺野古の海で取材をした際に、沖縄防衛局が雇う民間警備会社の社員にビデオカメラで撮影された。同局が示す「臨時制限区域」には入っておらず、激しい抗議活動が行われているわけでもなかった。撮影をする理由、カメラを取材陣に向ける目的を聞きたかった。

 同局の職員は「安全確保のために、警戒の一環で行っている」と説明したが、撮影する理由にはなっていないと考え、後日あらためて正式な回答をもらうことにした。

 会見終了後、地元の県政記者クラブに所属すると思われる全国紙の記者が声を掛けてきた。「ビデオ撮影は日常茶飯事。当たり前に行われ過ぎていて、沖縄にいるとおかしいと思わなくなってしまう」

 その一言に、好奇な視線を感じたのはそのためだったのかと納得がいった。沖縄ではもはや「当たり前のこと」で、それをあえて聞く記者はいないのだと。

 記者11年目。取材時に、理由も示されず、カメラを向けられたことは一度もない。辺野古の海で初めて自らが「監視の対象」となったとき、不快な思いと怒りがこみ上げた。

 本来であれば異常といえる行為が、日常のように繰り返されている。「沖縄では権力が露骨に表れる」。以前、沖縄タイムスの記者に言われた言葉が思い出された。

 私の質問は、素人の質問だったのかもしれない。だが一方で、素人であり続けたいとも思う。辺野古の地元漁師は言った。「撮られた画像がどうなっているのか。俺らは調べたくても調べられない」

 画像の取り扱いはどうなっているのか。沖縄防衛局には、新たに一つの質問を含め、回答をもらうことにした。


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