5月14日、安全保障法制に関する一連の法案が閣議決定された。この連載でも、これを検討していきたい。

 まず、法案の具体的な検討に入る前に、用語と憲法原則の確認から始めよう。

 国家の実力行使は、(1)外国(政府)を対象とするものと、(2)テロリスト等の非国家的主体を対象とするものに分類され、それぞれ法的扱いが異なる。

 (1)は、法律上「武力行使」と呼ばれ、国際法でも原則禁止とされる(国連憲章2条4項)。ただし例外として、安保理決議に基づく集団安全保障措置(国連憲章42条)、集団的自衛権の行使(同51条)、個別的自衛権の行使(同51条)の三つは、適法な武力行使とされる。


■「軍事」の規定なし

 もっとも、日本国憲法には、国内の主権を維持・行使する作用である「行政」権限の規定はあるが、外国の主権を制圧する「軍事」権限の規定がまったくない。このため、防衛行政としての個別的自衛権の行使は認められるが、それを超えた武力行使は認められない。外国の防衛を目的とする集団的自衛権も行使できない。

 (2)は、法律上「治安活動」ないし「警察活動」と呼ばれる。国内犯罪に対する警察活動はもちろん、海賊や国際テロの取り締まりもこれに含まれる。国際法は、各国が自国の主権が及ぶ範囲で治安活動を行うことを当然認めている。また、外国の要請により、外国の治安活動を援助することも禁じていない。

 日本国憲法でも、治安活動は、「行政」(自国の主権が及ぶ場合)または「外交」(外国の要請による場合)の範囲とされ、特に禁止されていない。外国軍の武力行使を後方支援する場合も、「外国の武力行使と一体化」し、日本自身の「武力行使」だと評価せざるを得ない場合には、軍事活動にあたり禁止されるが、それに至らなければ、行政・外交協力として許容される。

 ただし、テロリスト等が重武装を備えることもまれではない現代では、治安活動が軍事活動よりも安全で平穏だとは必ずしも言えない。また、現地の武装勢力を攻撃すれば、自衛隊員や日本国に対する怨念が生まれ、日本国内でテロを誘発したりする危険も高まる。その政策的当否は、慎重に検討すべきである。


■「戦争法案」と不信

 では、一連の法案は、こうした憲法原則の枠を順守しているのか。法案準備の段階で、閣僚たちには、戦闘中の機雷掃海作戦への参加、あるいは「日米同盟が揺らぐ」場合の武力行使に積極的であるかのような発言が散見された。安倍晋三首相が5月14日の記者会見で、一連の法案が「戦争法案」でないと強調したところで、不信を募らせる人が多いのも当然だろう。

 もっとも、イメージだけで、今回の法案を「集団的自衛権を認める歴史的な転換点だ」と評価することは、かえって、権力者の恣意(しい)的な行動を助長しかねない。憲法の枠内での法整備を実現させるためには、提案者の発言から独立して、法案の文言を緻密に分析することが必要だ。そうでなければ、実際に自衛隊が活動する段階で、政府による勝手な法解釈を許し、「法治主義」による権力統制を不可能にしてしまうだろう。
 そこで、次回は、法案の内容を確認してゆきたい。(首都大学東京准教授、憲法学者)(記事と写真の転載、複写を固く禁じます)
※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。