4月19日、タレントの一ノ瀬文香さんと女優の杉森茜さんが挙式・披露宴を行った。いわゆる、同性婚である。二人は式後の記者会見で、婚姻届も提出予定だと話した。果たして二人は、法的に「結婚」できるのだろうか。

 まず、「憲法24条1項が同性婚を禁じている」との誤解を解いておこう。憲法24条1項は、「婚姻は、両性の合意のみに基づいて成立」すると定めている。

 かつては、婚姻に親族会の同意が必要だったり、男性の一方的な意思のみで女性が結婚させられたりしていた。これを改め、婚姻には親族会などの同意は不要であること、そして男性だけでなく女性の同意も必要であることを宣言したのがこの条文だ。個人の尊重と男女平等の理念を定めたもので、同性婚を禁じる趣旨はない。

 また、文言上も、ここでいう「婚姻」に同性婚が含まれると解釈すると、それが男女(両性)の合意で成立することになってしまい意味不明になるから、「婚姻」とは「異性婚」の意味だと理解するのが素直だ。とすれば、憲法24条1項は、「異性婚(『婚姻』)は男女(『両性』)の合意のみで成立」することを規定しているにすぎず、同性婚を禁止するものではない。

■条項には「夫婦」

 では、一ノ瀬さんと杉森さんの婚姻届は受理されるだろうか。民法には、近親婚、重婚などを禁じる条文はあるが、同性間の婚姻を禁じる明文はない。ただ、婚姻当事者を「夫婦」と呼ぶ条項があるので、現行民法の下で、役所が婚姻届を受理する可能性はほとんどないだろう。

 ところで、そもそもなぜ同性婚は認められないのか。時折耳にするのは、「社会に有益な家族」の形成を推奨したり、少子化を防いだりするためだとの主張だ。これに対しては、同性婚も「社会に有益な家族」の一つだ、同性婚カップルも養子や代理母・生殖補助医療によって子育ては可能であり、少子化対策のためにも同性婚を保護すべきだ、などの反論がある。

 ただ、こうした議論には、根本的な疑問がある。それは、人は社会にとって有用だから、あるいは人口政策のために家族を持つのか、という疑問だ。もしこの前提を肯定するなら、少子化対策のために、全ての人に結婚・妊娠・保育を強制すべきだという議論に行き着くだろう。

 そもそも結婚は、国や社会のためにするものではない。愛する人と関係を築き、育むためにするものだ。結果として、国や社会のためになることもあろうが、それ自体を目的とすることは、危険な全体主義に陥ることになろう。

■悲しさを行動に

 婚姻を保護する理由は、そこにかけがえのない愛があるからだ。異性間の愛も同性間の愛も、同じ愛であり、差別なく保護すべきだろう。そう考えれば、異性愛だけを保護する現行法は、憲法14条1項が保障する差別されない権利を侵害し、違憲であるとの議論にも説得力がある。

 一ノ瀬さんと杉森さんの婚姻届は、不受理になる可能性も高い。しかし、杉森さんは、「やってみないと分からない。不受理になったら、悲しい気持ちからまた新しい行動ができるかな」としなやかに答えた。私はこの言葉に、キング牧師など、人権史の偉人たちの姿が重なった。(首都大学東京准教授、憲法学者)(2015年5月3日付沖縄タイムス総合面から転載)

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※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。