4月9日、参議院予算委員会で、注目すべき審議が行われた。松田公太議員(元気)が、辺野古での新基地建設は、国会が責任を持って辺野古基地設置法のような法律を制定し、憲法95条に基づく住民投票の承認を得てから進めるべきではないか、と提案したのだ。これに対し、安倍晋三首相は、新たな法律は必要ないと答えた。 この質疑応答は緻密な法律論に基づくもので、閣僚の答弁にも注目すべき法的内容が含まれていた。しかし、残念ながらメディアでは、議論の内容に踏み込んだ報道が少なかった。その原因は、安倍首相がこの審議の中で、「粛々」という言葉を使ったことにある。 その数日前に、翁長雄志知事は菅義偉官房長官に対し、「『粛々』という言葉を使えば使うほど、県民の心が離れる」と指摘し、「今後使わない」と約束させていた。このため、メディアの注目が「粛々」に集中してしまったのだ。 しかし、問題の本質は、「粛々」という言葉そのものにあるわけではない。「粛々」が沖縄県民の怒りを買うのは、この言葉が、「住民の意思を無視して新基地を建設できる」という法的認識を表明しているからだろう。「粛々」を使わずとも、その基本的な法的認識が変わらなければ、住民の意思を無視して新基地建設は進められる。真に必要なのは、政府に、「住民の意思に反して、新基地の建設はできない」という認識を持たせることだ。 その第一歩として、松田議員の審議内容を分析してみよう。 この連載の読者ならご存じと思うが、「国会が法案を議決し、憲法95条に基づく住民投票を」という構想は、私がこの連載で提案したものだ。松田議員は、日本政治に住民投票や国民投票を積極的に取り入れようという考えを持っており、私の議論にも興味を持ったようだ。 では、松田議員は、政府からどのような答弁を引き出したのか。最も重要なのは、普天間基地の移設先は、「国政の重要事項」だと首相に認めさせたことだ。 「国政の重要事項」ならば、「全国民を代表する」(憲法43条)国会議員によって構成され、「国権の最高機関」(憲法41条)たる国会が、きちんと責任を持ち、「法律」という重い形式で決定すべきだろう。これは、素直な憲法理解だと思われる。 これに対し、首相は、基地移設先は「国政の重要事項」だが、内閣限りの判断で決定できると主張した。この主張のおかしさは、市民レベルの話に置き換えると明確だ。株主総会にかけるべきことを、社長だけで決定したり、団地総会で決めるべきことを、管理組合の理事会が勝手に決定したりすれば、株主や団地住民は、その横暴さにきっと怒るだろう。 とすれば、9日の首相答弁の本当の問題は、「国政の重要事項」を、国会や地元住民の承認なしに決定できるという憲法理解を示したところにある。メディアは、首相の憲法理解のあり方を、もっと厳しく問うべきだっただろう。 ちなみに首相は、閣法としては提案しないが、議員立法してはどうかと、松田議員に答えていた。今後はその動きにも注目していきたい。(首都大学東京准教授、憲法学者)(2015年4月19日付沖縄タイムス総合面から転載)
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※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。