憲法学者で、本紙に「憲法の新手(しんて)」を連載中の木村草太氏(首都大学東京准教授)の講演会「憲法と沖縄~戦後70年の内実を問う」(主催・沖縄タイムス社)が3月31日、那覇市久茂地のタイムスホールであった。木村氏は「住民の承認がないと基地建設はできない」とし、「国会、国民を巻き込んで辺野古新基地建設を議論してほしい」と訴えた。講演内容を詳報する。

辺野古新基地問題などについて講演する木村草太氏=3月31日、那覇市久茂地・タイムスホール

「憲法と沖縄」をテーマにした木村草太氏の講演に耳を傾ける参加者。別会場と合わせて約500人が来場した

辺野古新基地問題などについて講演する木村草太氏=3月31日、那覇市久茂地・タイムスホール 「憲法と沖縄」をテーマにした木村草太氏の講演に耳を傾ける参加者。別会場と合わせて約500人が来場した

■今沖縄で語る意味

 なぜ今、沖縄で憲法を語る必要があるのか。それは辺野古新基地建設問題があるからだ。日本国憲法のもとで、この国は約70年間運営されてきたが、この問題について憲法の角度からアプローチすることは、辺野古の住民だけでなく、沖縄や日本にとって、憲法をどう使っていくのが一番いいのかを考える非常に重要な機会になると思う。
 辺野古新基地建設問題については、行政不服審査法というあまり聞いたことのない法律が、新聞紙面をにぎわせている。そのほか、さまざまな分野の法律に基づいて、埋め立ての承認や、岩礁破砕の議論が進んでいる。
 ただ、この問題の全体を指導する基本原則が何なのかという議論も必要だ。そもそも、新基地建設に賛成の方も、反対の方もいると思うが、どうも進め方がおかしいのではないかというのを双方が感じているように思える。

■基地造る法的根拠

 辺野古について考える際、そもそも米軍基地を造りたい場合にどうするのかが問題になる。日本は法治国家なので、何か国が行為をするときには、必ず根拠になる法律や条例が必要になる。
 今の米軍基地を造るための法的根拠というのは、政府、内閣、防衛大臣に非常にたくさんの権限を与え、責任を内閣にかなり押しつけるという状態になっている。
 いわゆる日米安保条約第6条に基づく駐留軍用地特別措置法に基づけば、政府がここに必要ですと言えば、そこに基地を造れるし、政府が土地を所有してなくても、収用して基地を造れるという法律になっている。
 ただ、住民や地元自治体から何の意見も聞かずに、政府が認定し、基地ができるという法律になっているが、それでいいのだろうか。
 こういう仕組みだと、嫌なことを押しつける仕事を政府だけで引き受けなければならない。今は法律の根拠が非常に曖昧かつ抽象的で、国民や国会が基地建設の責任を感じることができる状況になく、問題だ。

■地元の声どう反映

 憲法95条に基づいて、地元の声について考えてみたい。
 米軍基地のようにみんながいやなものをどこかに造るとき、多数決というのは賢明な手段ではない。沖縄県民、東京都民であっても、国民全体でみれば少数派なので、国民全体で多数決をとれば負けてしまう。
 日本国憲法95条は、「一の地方公共団体のみに適用される特別法は、法律の定めるところにより、その地方公共団体の住民の投票において、その過半数の同意を得なければ、国会はそれを制定することができない」とある。辺野古新基地建設では、この条文に基づく住民投票が必要に思える。
 1997年に名護市で、海上ヘリ基地についての住民投票があったが、それとは違う住民投票だ。従来の住民投票は法的効果というのが非常に弱い。なぜなら、住民投票の結果が、市や国を拘束できないからだ。憲法で市長や内閣に与えられた権限を、住民の意思で拘束することが、権限の制限となってしまうからだ。これが一般的に住民投票をやるときの壁になる。
 ただ憲法95条の住民投票はそうではない。住民の同意を得ないと、その法律は制定できないわけだから、法案が国会を通過したとしても、その後に地元住民の同意を得るプロセスが必要になる。
 辺野古新基地建設問題については、まず国民全体で責任を引き受け、地元を説得するために、国民全体が努力しなければいけない。そういったコミュニケーションを生み出す制度づくりが必要だ。