前回、権力乱用を防ぎつつ、ヘイトスピーチを適切に取り締まるには、警察と市民との対話が必要ではないかと述べた。これに対し、沖縄では、辺野古新基地建設への抗議運動に対する、過剰な警備が問題となっている。
 座り込みやデモなどの意見表明の際に、市民がうっかり基地や政府の所有地に入ってしまうことがある。これは残念ながら、刑法的には不法侵入となろう。
 しかし、それを厳しく取り締まることは、他に表現の手段を持たない一般市民の表現の自由を奪うことになる。敷地管理権と表現の自由との関係を、どう整理すべきか。表現の自由の最終回として、この問題を検討したい。

■議論する場なし

 一般論を言えば、最高裁も言うように、「憲法は、他者の財産管理権を侵害する表現行為を保護していない」。もしも、何かのデモ隊が「俺の話を聞け」と、あなたの家の庭に踏み込んできたとしたら、「きちんと取り締まってもらわなければ困る」と、誰もが思うはずだ。
 しかし、新基地建設に抗議する一般市民は、誰かを傷つけたり、誰かの権利を侵害したりしたくて、座り込み等をしているのではない。政府と建設的な議論をする場がどこにもないので、追い詰められて、やむを得ずにそうした行動に出ているのだ。
 表現の自由研究の権威、奥平康弘先生は、「表現とは、単なる意見の表出ではなく、コミュニケーションなのだ」と強調していた。コミュニケーション(対話)には、意見が異なっても、お互いを尊重して、相手の言葉に真摯(しんし)に耳を傾ける姿勢が不可欠だ。
 それなのに、基地問題については、そもそも対話の環境が整っていない。政府は、「正当な法的手続きは踏んだ」の一点張りで、反対意見を完全に無視する。そうなると、抗議する市民には、デモや座り込みぐらいしか、意見表明の方法がない。お互いのイライラの中で、「不法侵入」と「過剰な取り締まり」が行われてしまう。これは、双方にとって、あまりに不幸だ。
 そもそも、この不幸の原因は、どこにあるのか。それは、政府の主張する「正当な法的手続き」が、政府と市民との対話を誘発するものになっていないことにあるのではないだろうか。

■環境づくり大切

 連載第1回で紹介したように、現行法では、政府内部の判断だけで、米軍基地の用地を決定できてしまう。これでは、「地元を説得しよう」と、政府が本気で思うはずもない。対話のできる環境を整備するには、住民投票の承認を基地の設置条件にすべきだ。そして、憲法95条は、まさにそれを要求していると考えるのが妥当だろう。
 政府が住民の承認を得ようとするなら、一部の利害関係人だけではなく、住民全体に丁寧に説得しなければならない。住民の間でも、投票に向けて、活発な議論が広がるだろう。そうして実施された住民投票であれば、もともとは反対意見を持つ人であっても、投票結果に納得できる可能性も高い。不幸な「不法侵入」も「過剰な取り締まり」も、不要となるだろう。
 表現の自由の理念を実現するには、ただ意見表明の自由を認めるだけでなく、実り豊かな対話ができる環境づくりが大切なのだ。(首都大学東京准教授、憲法学者)(2015年3月16日付沖縄タイムス総合面から転載)
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※「木村草太の憲法の新手(しんて)」は、本紙第1・3日曜日に掲載。【講演会のお知らせ】木村草太氏の講演会「憲法と沖縄~戦後70年の内実を問う」を開催します。憲法を通して、日本、そして沖縄の現状を問い、進むべき方向を考えます。多くの皆様のご参加をお待ちしています。日時:3月31日 午後7時~9時(開場は6時30分)
場所:タイムスホール(那覇市久茂地2の2の2)
入場:無料※整理券はございません。当日会場に来ていただく先着順になります。ホールの収容人員は350人程度です。
※当日はユーストリーム配信も行います。