これまでのコラムでは、支援を組み立てる際のツールになる「診断」のことをとりあげてきました。もうひとつの大きなツールが、「試行錯誤」「試すこと」です。発達障害は、診断が出たからといって日常の対応への答えが出るわけではないので、家庭や学校などの日常生活の中でいろんな対応を試していく・模索していく姿勢が必要だということも触れてきました。その試行錯誤をひとつのプログラムの形にしたのが、ペアレントトレーニング(ペアトレやティーチャーズトレーニング(Tトレ)です。
 ペアトレは発達障害の子どもを抱えている保護者を、Tトレは難しい生徒を抱えている先生を対象にしています。全部で10回程度の学習会のような、サポートグループのようなものです。扱いの難しい子ども・生徒に対して、毎回「褒めてみる」とか「指示を出してみる」などのような対応「行動」を、プログラムの課題として日常生活で試してみて、子どもがどういう反応をしたのかをグループで共有し合いながら進めて行きます。
 例えば、次までの1週間で、「子どもに近い距離で指示を出す」っていうのが課題だとします。近いといってもどれくらいが「近い」のかいろいろですね。試しに、握り拳ひとつ分誰かに近づいてみてください。かなり威圧感(状況によっては親密感)のある距離です。日ごろ怒鳴ることの多いお母さんですが、「いやぁ、今週は静かに怒鳴りました。あんだけ近づいたら怒鳴れないですよね、ワハハハハ(笑)」っていう報告をしてくれました。私たちが思うより、言葉と行動の間にはギャップがあるようです。言葉であれこれ考えるのではなく、行動した結果を持ち寄ってみんなで共有し、次にどういうことを試していくか考えていくようなプログラムです。
 「子どもと向き合う」とか「寄り添う」とかいう抽象的な言葉もあまり使いません。日常をともに過ごす親や先生にとって、演技のつもりで具体的な対応を試みることで、感情的にならずにすむこともあるようです。忙しい生活や業務のなか、1日何回も試せるようなものでもありません。課題がストレスにならないように、次の集まりまでの1、2週間の間に、3回とか4回やってきてくださいという程度のものにしておきます。
 参加者の多くは、「引き算の変化」は苦手なようです。「引き算の変化」というのは、「○○○をしないでください、控えてください」というやつです。怒鳴ったり、叩いたりしている保護者に、「怒鳴らないでください」「叩かないでください」というのは、あまりうまくいかないようです。「怒鳴るにはそれなりに理由があるさーねー」と、「怒鳴ってしまう・手が出てしまう私」をいったん認めてあげる。そのかわり「1日2回、○○○をやってみてどうなったか報告してくれませんか」と、新しい対応を加えていく「足し算の変化」を求めていくほうがうまくいくような感じがします。
 虐待行動を放置するとか促すということではありません。「引き算の変化」を求めることは、暗に「あなたのやり方はよくない」と言っていることですね。子ども・生徒への対応に困って参加しているプログラムで、追い打ちをかけるようにダメ出しするよりも、「何か新しいことを試しませんか」というメッセージで誘ってあげる方がいいのかなと思います。試してみた行動で何か新しい手応えがあったとき、殴る・怒鳴るなどの効率の悪いアプローチが減っていくようです。
 参加者の中でうまくいっている人ほど、いろいろ試していく傾向があります。プログラムで用意している課題以外のことを試したり、それ以上のことをやってみたりするわけです。家庭や学級で培った「(現場)感覚」をもとに、「何をした方がうまくいく」のか嗅ぎ分ける「試し力」がついていくようなんです。試し力がついてくると、「専門家」の言うことよりも、自らの日常の試行錯誤からいろんなことを学んでいくようです。うまくいってないケースになるほど、「試し力」が枯渇していて、「何をして(試して)いいかわからない」という言葉がよく聞かれるように思います。そう考えると「対応力」は「試し力」だし「創造力」。それが「実践力」になるのかもしれません。
 小学2年生のクラス担任のマリ子先生(以下すべて仮名)は、授業中落ち着かず攻撃的な言動が多かったミカちゃんを、「かわいいと思えない」と漏らしていました。Tトレ初回時に、「私はあの子の顔も見たくないんです。つらいんです。なのにこれ以上課題なんてやれません」と訴えてきました。一通り先生とお話をして、参加を見合わせることをおすすめしましたが、先生は淡々と参加していました。生徒(ミカちゃん)への課題をすることもありませんでした。ところが、マリ子先生はミカちゃんに「スペシャルタイム」を試みたようです。「生徒・子どもと2人だけで、何かやってみましょう」というのがスペシャルタイムです。
 体育がすごく苦手で、しかもプライドが高いミカちゃんは、人前で体育をしたことがありませんでした。先生がミカちゃんをスペシャルタイムに誘うと、跳び箱したいと言ってきたのです。ちなみに、ミカちゃん跳び箱は全然ダメです。それでも先生とやってくれたんですね。それを境に、マリ子先生はミカちゃんのことを「少しかわいく思えるようになった」と報告されました。マリ子先生が歩いていると、ミカちゃんが手をつないできたり(それまではありえないこと)、彼女が爆発しそうになるのをマリ子先生がなんとなく察知してなだめたりと、先生自身の中に何となく変化がでてきていることが分かったそうです。
 マリ子先生は「具体的に動いてみないと何が起きるかわからない」と、試すことの力に驚いたようでした。あるお母さんは「グループに通っていると『情けない母親』が自分だけじゃないと思いました。そのうちこの人達すごい親だと思ってきました。すると自分もそこそこ悪くはないかなぁと思えるようになりました」と言っています。マリ子先生も同じように、「他の先生達の失敗談が一番の支えになった」と話しています。
 ペアトレやTトレの宣伝のような文章を書いてますが、それが今回の目的ではありません。日常生活をともにする人たちの「試し力」、そして経験の共有が及ぼす力を、私は見くびっていたのではないかと思うのです。「専門家」と言われる人たちは多くのケースに関わっていて、そこから対応方法の「仮説」であったり、検査結果やアセスメントから導かれる「仮説」であったりを提供することができます。親や先生達はそれを日常生活で具体化し検証していくことで、その子どもにとっての「答え」を見つけていくはずです。そう考えると、本当の専門家って日常生活を一緒に過ごしている人であって、我々のように非日常的な関わりをする者って「支援者」くらいの存在でしかないのではないでしょうか。
 子ども本人や日常生活をともにしている人たちを中心にした実践の大切さを、ペアトレやTトレの参加者達から教えてもらったことを、今回は伝えたいと思いました。ペアトレやTトレについての詳しいことは、『ペアレント・トレーニングガイドブック 困っている子をほめて育てる 活用のポイントと実践例』(株式会社じほう刊、岩坂英巳編著)を参考にしていただければと思います。沖縄県内のペアトレ・Tトレの実施については、ptorettore@yahoo.co.jpにお問い合わせください。