今年に入って、フランスの風刺新聞「シャルリエブド」本社にイスラム過激派の武装グループが襲撃をかけ、編集者や漫画家らが殺害されるというショッキングな事件が起きた。だが、総じて日本人にとってはそれはまだ「対岸の火事」だった。日本が、そして日本人が彼らの標的となったことを知ったのはその後のことである。
 フランスの事件に続いて(実際には去年からずっと継続していて、そのことを政府も把握していたのだが)、2人の日本人が「イスラム国」によって拘束され、その殺害予告ビデオがネット上に投稿され、当初は2億ドルという身代金を、そして続いては、ヨルダンに収監されていたイラク人死刑囚との身柄交換という要求を彼らは突きつけてきた。
 日本政府は「テロに屈しない」を繰り返すばかりで、総じて無力だった。犯行自体は卑劣かつ非道なもので非難されるべきものだ。結末は最悪のものとなった。僕らの社会はこの出来事に騒然となり、悲憤が広がり、社会全般に広く深く強い影響を与えている。政府がどのような対応をとったのか、とらなかったのか。そこに瑕疵(かし)はなかったのか。今後、検証がしっかりと行われなければならない。
 さて、これほどまでに衝撃的な出来事が起こると、メディアはそのことに神経を集中して仕事をしていきがちになる。そうすると、人々の関心はもちろんそのことへと集まる。歴史を顧みると、人々の視線がある一点に集中している時に、まるでその間隙を縫うような形で、公権力による露骨なチカラの行使が行われることが、しばしば起きている。歴史家や知識人たちはそのようなありさまをさして「まるで火事場泥棒のような振る舞い」とよく表現してきたものだ。
 名護市辺野古でこの1月に再開された新基地建設のための工事の進め方があまりにも力ずくだ。「粛々と」(菅官房長官)どころの話ではない。辺野古の海上では圧倒的なチカラによる反対派排除が海上保安庁によって「粛々と」力ずくで行われ、米軍キャンプ・シュワブのゲート前では抗議活動を行う人々への「粛々と」した排除活動のなかで負傷者が出ている。とりわけ「イスラム国」による2邦人人質事件で、人質の安否に多くの国民が悲憤を覚えているさなか、沖縄防衛局(つまり、政府である)は、本格的な埋め立て工事を進めるために、仮桟橋の敷設や大型フロート設置に向けて「粛々と」作業を強行している。
 翁長雄志知事が、仲井真弘多・前知事が行った埋め立て申請承認に瑕疵がなかったかどうかを検証する第三者委員会を設置すると表明したそのすぐ翌日に、沖縄防衛局は、キャンプ・シュワブに多数の大型ダンプカーを乗り入れさせて作業を加速化させた。その、聞く耳を全くもたない「粛々さ」に驚いた。
 もっとも僕自身はこのニュースを遠く離れた中東の地で友人からのメールで知った。目の前で進行している「イスラム国」がらみの非道な出来事と、遠く離れた沖縄の辺野古で起きていることが頭の中で攪拌(かくはん)され、胃液が逆流するような思いをした。このようにして聞く耳をもたない政府が、民意を踏みにじったあとに残るものは何なのだろうか。後世の歴史家たちは言うに違いない。「その火事場泥棒のような仕打ちに本土のメディアは沈黙していた」と。
 フランスの新聞社襲撃事件と、「イスラム国」による2邦人殺害予告ビデオが投稿された日のほぼ中間にあたる1月15日のことだ。この日、外務省が公開した外交文書で、佐藤栄作首相(当時)が1965年に沖縄を訪問した際、現地で行われる予定だった演説原稿にアメリカ政府が異を唱え、沖縄の安全保障上の重要性などの文言を加えるように圧力をかけていたことが明らかになったとのニュースが流れた。
 沖縄の祖国復帰が実現しない限り戦後は終わらないという趣旨の那覇空港での佐藤演説は有名だが、アメリカ側の圧力で加えられたとされる部分の演説文を読んでみた。  〈わが国は、日米相互協力及び安全保障条約によって米国と結ばれており、盟邦として互いに相協力する関係にあります。また極東における平和と安全のために、沖縄が果たしている役割はきわめて重要であります。私は、沖縄の安全がなければ、日本本土の安全はなく、また日本本土の安全がなければ沖縄の安全もないことを確信しております。〉
 皮肉なことに、現政権は、アメリカから圧力を加えられなくても、このような文言はいつでも自らすすんで言っている。ちなみに、この1月15日は埋め立て工事が本格再開された日で、名護市の現地では陸と海で多くの反対派が強制排除された日だった。佐藤元首相関連の外交文書については東京のメディアでも大きく報道されたが、15日に現地で起きていたことについては、あまり報じられなかった。まるで〈沖縄が果たしている役割はきわめて重要であります〉の文言に忠実であるかのように「粛々と」していた。過去よりも今をみなくてどうするのか。なあ、同僚諸君。(2015年2月13日付沖縄タイムス文化面から転載)