米軍普天間飛行場の返還に伴う名護市辺野古の新基地建設に向け、沖縄防衛局が海上作業を再開した2015年1月15日午前。新基地建設に反対する市民を乗せたバスが那覇市と沖縄市から辺野古に向けて出発した。参加費は1人1000円。お金を払い、時間を割いてまでなぜ辺野古に向かうのか。記者もバスに同乗し、取材した。

自作の替え歌で、基地反対を訴える初老の女性

辺野古行きのバスはこの日、運行20回目を迎えた。毎回、マイクを握り、案内役を務める徳森りまさん

生活が落ち着かない」と抗議に参加した64歳の女性

半年以上にもわたる座り込み。断念まで続く

自作の替え歌で、基地反対を訴える初老の女性 辺野古行きのバスはこの日、運行20回目を迎えた。毎回、マイクを握り、案内役を務める徳森りまさん 生活が落ち着かない」と抗議に参加した64歳の女性 半年以上にもわたる座り込み。断念まで続く

 「毎週月曜日 辺野古を目指して 新基地阻止のため わたしはバスに乗る~♪」
 行きの車中。帽子を被り、ジャンパーを羽織った、はつらつとした表情の初老の女性が自作の替え歌を歌い始めた。シャンソン歌手の故・岸洋子さんの「希望」のメロディーに乗せて、乗客は手拍子で応えている。
 「♪文子オバーと田港オジーが イクサヤナランと拳を上げている 未来のために希望をすてるなと 私たちに呼び掛けている 苦しい闘いと 思っていたけれど 歌や踊りで笑いがたえない」。拍手が沸いた。
 工事が再開した同日から当面の間、辺野古と本島中南部を結ぶバスが毎日走ることになった。主催するのは「沖縄建白書を実現し未来を拓く島ぐるみ会議」。オスプレイの配備撤回、普天間飛行場の閉鎖・県内移設断念を求める有識者や議員、市民団体メンバーなどで構成される。バスは全部で3台、総勢100人だ。那覇市を午前10時に出発した。
「私、数時間前まで辺野古にいました。徹夜です」。車内でマイクを握った同会議事務局スタッフの徳森りまさん(27)がこう切り出した。
 14日から15日にかけての深夜、キャンプ・シュワブのゲート前では、住民たちが工事再開に向けた資材搬入を阻止しようと、沖縄県警の機動隊と衝突を繰り返していた。徳森さんは、その様子を中継していたインターネット報道メディア「インディペンデント・ウェブ・ジャーナル(IWJ)」を見て、友人と現地に駆けつけたのだという。
 徳森さんは、基地問題や政治に関わる仕事をしたいと、大学院卒業後、今の道に進んだ。昨年8月から、辺野古行きのバスは毎週月曜日に運行され、徳森さんは、その全てに乗車し、運営に携わってきた。
 当初は、参加者を辺野古に下ろし、夕方にまた連れて帰るだけだったが、リピーターが飽きないように、車内ではマイクを回して、それぞれの思いや考えを語ってもらうことにした。
 「一人一人、生きてきた歴史も思っていることも違う。(発表することは)新聞を読んだり、勉強会に参加したりして学んだことをアウトプットする機会にもなる。今はバスに乗れば、自分の中に新しい知見が生まれて、それが次の運動につながる。だからバスに来てくれる人たちがいると思う」
 冒頭で歌った女性は、こう語った。「これまで十数回、辺野古行きのバスに乗ってきた。戦争を体験していないので、バスの中で勉強している。第二の人生を辺野古のバスで始めることができた」と。
 記者は、戦争体験者や米軍絡みの取材などを重ねるうち、沖縄戦や「基地問題」を学ぶことができる。だが、一般市民にそのような機会は少ない。辺野古へ向かうバスが学びの場となり、静かな怒りをぶつける場になっていた。
 出発から約1時間半。辺野古が見えてきた。米軍キャンプ・シュワブゲート前には、歩道からあふれんばかりの人たちが拡声器から聞こえる代表者の演説に耳を傾け、拳を上げていた。