今月は那覇市から委託を受けている「子どもの居場所作り事業」について書かせていただきたい。居場所ついては3月11日掲載のコラムで書かせていただいた(不登校の生徒に真剣に向き合う~那覇市とkukuluの妥協なき支援~)。
居場所の名前は「Kukulu(くくる)」沖縄の方言で「こころ」を意味している。実はこの居場所事業の次年度予算が確定しておらず存続の危機にある。
 実績で言うと、昨年度は15人の生徒がKukuluを利用した。その内10人が3年生で1人は条件が合わずにKukuluに通所できなかったが、残りの9人はKukuluに通所した。通所初期は全員が進路未決定の状態だった。しかし3月には全員が進路を決定した。1人が就職し8人が高校へ進学した。この生徒たちはKukuluに来る前は学校にも通っておらず、そのまま放置したら進路が未決定のまま中学を卒業した可能性が高い生徒たちだ。

 A君がKukuluに来たのは昨年の9月頃だっただろうか。最初の面談では目を合わすこともなく、こちらの問いかけにも言葉も少なめであった。印象としては大人を信用していない生徒だと思った。A君は深夜徘徊(はいかい)等の問題行動もあり、登校しても身なりが派手なため学校に入れてもらえない。A君の評価は「無気力」で「怠けている生徒」だった。しかも先生にも反抗的な態度で、他の生徒とも喧嘩(けんか)してトラブルを起こす。「なぜ、学校に行かないのか?」の問いにも「別に…」と答える。

 A君の人柄が見えたのは、あるイベントに参加したときだった。小学校からひきこもっていた生徒が、ボウリングをやったことがなく「みんなでボウリングに行こう」とイベントを企画した。おとなしい生徒に交ざるとA君は実に派手で目立っていた。正直、おとなしい生徒はA君の風貌にびびっていた。しかしA君はおとなしい生徒に優しく声をかける。場を盛り上げるためパフォーマンスをしてくれる。そんな優しさを持っているA君を見ていて、とても問題のある生徒とは思えなかった。そのイベントに私は参加していなかったが、スタッフからの報告を聞いてA君と話したいと思った。

 私はスタッフを介してA君に面談を申し込んだが、2度すっぽかされた。大人を信用していないA君からすると、私と面談するのは嫌だったに違いない。そこで私はA君に直談判した。どうしても君と話してみたいとお願いし、A君は渋々面談を了承してくれた。

 「なんすか?」と素っ気ないA君。私は面談の冒頭でボウリング時のおとなしい生徒への優しい気遣いについて感謝の気持ちを伝えた。そして私も中学校で不登校だったことも打ち明けながら話し合った。徐々にA君が本音を話してくれる。頑張っていた部活動で評価されなかったことや、信頼していた先生に裏切られたこと等、彼が学校に反抗していた理由がしっかりとあった。その気持ちを話しても大人は受け止めてくれないとA君は話す。本当は高校にも行きたいけどあきらめていたことも話してくれた。私も応援するから高校進学を目指そうと目標を設定する。学校に週5日通うのは無理だが、Kukuluと併用しながらだと頑張って学校に通うと約束した。そしてA君は頑張った。

 心を開いてから知ったA君は、過酷な環境で頑張っていることがわかった。病気を抱える母と生活し、経済的にも厳しい家庭環境で必死に頑張っていた。飲食業で1番になりたいと将来の夢も話してくれる。Kukuluでもムードメーカーでみんなを引っ張ってくれた。目標を定めてからのA君はまっすぐに頑張った。

 受験当日、Kukuluに通う3年生が全員試験を受けることが出来た。そして合格発表の日に8人の3年生が高校合格を決めた。鳥肌が立つ程に生徒たちの頑張りに感動したのを覚えている。

 Kukuluの卒業式。3年生全員が参加して行われた。保護者や会社見学を受け入れてくださった企業の方々や行政の方々に見守られKukuluの1期生たちが巣立って行った。

 今、卒業生たちはOB・OGとしてKukuluに参加してくれている。もちろんA君も。A君が卒業後に言ってくれた言葉。「俺が18歳になるまでKukuluに残してください。俺Kukuluで働きますから」と。A君は高校に通いながら、将来は飲食業で1番になる夢を叶えるために努力を重ねている。

 Kukuluは生活困窮している世帯の中学生で不登校状態にある生徒たちのための居場所である。様々な理由で不登校となり孤立している生徒たちを社会へと送り出すため応援する場所だ。今年度も9人の3年生が卒業する。そして6人の1〜2年生がKukuluに通いながら自分の課題と向き合っている。

 しかし、Kukuluの次年度の予算は、この原稿を書いている10月末現在、まだ確定していない。国の制度が次年度から変わるためだ。那覇市は事業を評価し、事業継続に向けて尽力している。この事業を残すため、いろいろな方々の知恵をお借りしたい。そして事業を通じて、孤立し光の当たらない生徒たちの社会参加を応援できればと切に願っている。