赤い花笠、ハイビスカスを頭に飾り、背中には、ブルーや紅型模様の羽根飾り。上着とスカートにも紅型模様をあしらった、沖縄感満載のカラフルなド派手衣装。
 私は、サンバダンサーに加え、沖縄版のサンバ“琉球サンバ”の「宮城姉妹」として、一つ年上の姉とユニットを組み、歌手としても活動しています。2013年6月には、3曲入りのシングル「オキナワンカーニバル」でCDデビューも果たしました。
 あれからはや1年。お陰様で、県内のテレビやラジオへの出演をはじめ、お祭りやイベントでのLIVE、さらには県外でのステージにも呼んでいただき、活動の幅は広がっています。最近では、サンバダンサーYayoよりも、宮城姉妹の妹Yayoとして、このド派手な衣装とセットで覚えてくださる方も多くいらっしゃいます。
 順風満帆に見える「宮城姉妹」の活動ですが、実は、このユニットは、数々の失敗や苦い経験から生まれた、苦肉の策でした。
「宮城姉妹」が何故、誕生することになったのか? その舞台裏について、紹介したいと思います。

【宮城姉妹デビューLIVEでの写真】

【露出の大きいサンバダンサー】

【華麗なサンバダンスショウは、毎回体力勝負!】

【作曲してくださった石川清貴さんと】

【2014年、宮城姉妹として、那覇市の姉妹都市「サンビセンテ市」で子どもたちと交流LIVEをした時の写真】

【宮城姉妹デビューLIVEでの写真】 【露出の大きいサンバダンサー】 【華麗なサンバダンスショウは、毎回体力勝負!】 【作曲してくださった石川清貴さんと】 【2014年、宮城姉妹として、那覇市の姉妹都市「サンビセンテ市」で子どもたちと交流LIVEをした時の写真】

(1)お尻をだすのは…


 2009年、ダンサー4人で沖縄唯一のサンバダンスユニット「アンダギーニャ」として、本格的な活動を始めました。当初は、知人のお祝いの席での余興や、イベントなどを中心に、サンバダンスを披露していました。徐々に活動の場が広がると、口コミでチームの存在を知って頂けるようになり、企業からも「場を盛り上げて欲しい」「集客につなげたい」といった問い合わせや、出演オファーを頂く機会が増えていきました。
 そしてこの日も、イベントの担当者から、チームのブログに出演の問い合わせが入っていたので、プロフィルや経歴、写真などを送り、その返事を待っていました。
 すると、「資料もわざわざ頂きましたのに、すいません。今回は別の案でいくことになりました」との回答。前向きな問い合わせだったので、残念に思いつつ「今後の活動の参考に、理由をお聞かせ頂けませんか」と尋ねたところ、何と! 問題は「お尻」にありました。
 担当者によると、商業施設の企画イメージにピッタリな、サンバダンスをぜひ、披露してもらいたいと問い合わせてくださったそうですが、最終決定の段階で「露出度が高い。ファミリー向けなのに、お尻が出ているのはまずいのでは?」との結論となり、出演がNGになったということでした。しかも、この1件に留まらず、何度か続きました。
 サンバはブラジルのれっきとした文化。とはいえ、見ていただく相手は日本人。そして、ウチナーンチュ。私達ダンサーも、サンバを始めた当初は、露出が大きく、お尻が見えるビキニの衣装に、強い抵抗感がありました。日本人にはなじみが薄い格好なので、確かに、初めて見る人は驚いてしまうかもしれません。
 また、どちらかといえば、日本が“隠す文化”の国に対して、ブラジルのサンバは、エネルギーいっぱいの“開放文化”。真逆のような印象です。そのギャップを少しでも埋められるような、お互いの文化を理解し合える工夫も必要だと感じました。