「お笑い米軍基地」「肝高の阿麻和利」。前者は沖縄の長年の課題である米軍基地問題を、「お笑い」という表現で県民に提起している。お笑いの持つ表現力と刺激的なタイトルが相まって県内各地の公演はどこも大盛況だ。「現代版組踊」と銘打つ後者は、足元の歴史や芸能を「舞台」という表現で子供たちに伝える。両方ともエンタテインメントと地域活性が見事に合わさったコンテンツといえる。

「嘉手志演義」

 僕は今、「嘉手志演義」という舞台をプロデュースしている。嘉手志とは糸満市にある地域の名前だ。

 時は琉球三山時代。南山にある、「嘉手志川(カデシガー)」にまつわる話となる。南山王の他魯毎(たるみ)が南山の命脈である水源の嘉手志川を、中山王の尚巴志(しょうはし)の金屏風と交換したことから、南山王は愚王の烙印を押され、南山の没落が始まる。琉球の歴史には、護佐丸(ごさまる)、阿麻和利(あまわり)、尚巴志ら英雄が数多くおり、それが「舞台」という媒体を通じて現在まで受け継がれ、地域の誇りになっている。しかし、南山の方々だけは、嘉手志川交換のエピソードから、地域の偉人他魯毎をリスペクトしていないらしいのだ。

 歴史というのは光の当て方で見方が変わってくる。今回の舞台は、南山王にも少し光を当てている。脚本を書いたのはお笑い芸人プロパン7のけいたりん、こと上原圭太さん! 彼は南山の豊見城出身。今回の私のプロデュースと彼の脚本で、南山の皆さんの地域を誇りに思えるような舞台になればと考えている。

 さらに今、南山の舞台と平行して、「口伝(くでん)」として地域に眠っている話を掘り起し、エンタテインメントに仕上げる企画を温めている。詳細は明らかにできないが、あるお年寄りが昔、近所のおばさんに教えてもらった話が口伝で残されているというのだ。面白い話だったり、歴史書にない話だったりすることもあろうが、もしこのお年寄りが話を忘れてしまったりしたら、沖縄にとって大きな損失になってしまうかもしれない。

 そこで僕は自治会やNPOと連携して地域の話「口伝」を掘り起こし、広く後生まで伝えていこうと考えた。でも、話をどう残し、どう伝えていけばいいのか? そこで浮かんだのが「落語」。脚本がない落語は口伝そのものであり、まさにうってつけなのではないか。さらに、噺家さんが表現することにより、より楽しく、面白く、地域の歴史や言い伝えを残していけると思うのだ。この企画はうちなー噺家の北山亭メンソーレさんと協力しながら進めていきたいと考えている。彼の土着的なキャラに期待したい。

 沖縄がかつて琉球として栄華を誇っていたとき、そこには芸能の繁栄があった。それはつまり、琉球人の“表現力”の豊かさが、外交や交渉時の“発信力”になり、それが“琉球の力”になっていたからだ、と思う。

 社会問題や歴史を伝える手段として「お笑い」などのエンタテインメントを介するという流れは、今後必然となるだろう。エンタテインメントという属性が、今の閉塞気味の日本社会では必要不可欠な要素であるからだ。沖縄が新しい輝きを放つためにも、そういう流れにしなければいけない。