今年39歳になりました。生まれてから一度も牛のいない生活はありません。

闘牛を愛する私の家族。

育てた牛が試合に勝ったときは喜びもひとしお。

闘牛を愛する私の家族。 育てた牛が試合に勝ったときは喜びもひとしお。

 祖父が牛飼い、父と母の出会いも闘牛という、生粋の闘牛一家で育ちました。物心ついたころから父と牛舎や闘牛場へ行くことが楽しみだった私。周囲は「ユキはお父さん子だよね」と言いますが、それはそれで否定せず…。父といると牛と合えるという“特権”があるので、今日はどんな牛に出合えるのかとワクワクしながら父の右手を握り締め、ついて行きました。

 小学校、中学校、高校生のころは学校が終わると真っ先に牛舎に向かいました。ひとつ年下の弟と一緒に、牛の世話をするのが日課だったからです。牛たちにシャワーを浴びせ、鼻の中や毛に付いた土をブラシで落としたり、牛舎の掃除をしたり、草刈りをしたり…。といっても、仕事量は弟の足元にも及ばず、いつも弟を感心しながら見ていました。

 学校が休みの日は、荷台の大きなトラックに揺られ、家族そろって草刈りに出かけました。幼い頃から身体が弱く、寝込む事が多々あった私ですが、一人で家にいるよりも家族一緒のほうが安心だし、何より楽しい! 熱があっても家族と出かけ、家族が牛の世話や草刈りをしている時、私は作業の音を聞きながら、トラックの後ろで横になり、身体の痛みや熱が治まるのを待っていました。

 そんな牛飼いにとって、勝負の季節があります。それは夏です。夏になると牛舎には蚊が沢山飛んできます。私は、刺されたところがかゆくなるとかきむしってしまう癖があり、飛び火を繰り返しては皮膚科に通いました。

 台風も天敵です。牛舎に浸水してしまうと、牛がおぼれて死んでしまうことがあるからです。放っておくことはできません。牛舎が壊れていないか、牛たちが水浸しになっていないかと心配になり、自宅から15分の場所にある牛舎に何度も足を運びます。

 幼い頃からずっと一緒だった愛牛。つらい時、悩みがある時、物事が何も考えられなくなった時も必ず合いに行きます。牛たちのそばにいると励まされるからです。1トン近くあるどでかい牛が、澄んだ瞳で私に甘えてきます。そこには、闘牛の時のように、鋭く威嚇するような瞳はありません。とろんとした瞳で甘えてくる顔は、可愛くて仕方ありません。病気になって身体がきつく、落ち込んだ時も牛たちを見ていると『がんばろう』って勇気をもらえます。草を与えながら牛の背中を撫でているといつの間にか時間が過ぎてしまって、日没にも気付かないことがあります。

 もちろん、友達や両親、兄弟、親戚や職場の仲間も私には貴重ですが、牛たちは私を『無』にしてくれて、落ち込んだ気持ちを回復させてくれるのです。私にとっては、癒やしの存在であり、かけがえのない大切な家族です。

 最近では、出張で家を空ける父に代わって、一人で牛舎を任されることもあります。そんな時は、地域の牛飼いの仲間たちが助けてくれます。一人で牛の世話をしているのが大変に見えるのでしょう。「大丈夫か?」と尋ねてきてくれたり、草を刈って持ってきてくれたり、掃除を手伝ってくれたり。草地で草刈りをしていても、何も言わずトラックに草を載せるのを手伝ってくれたりします。

 牛を通じて沢山の仲間と出会たことに感謝しながら、これからも牛との絆で出会えた仲間たちも大切にしてきたいです。