3月下旬から4月初旬にかけての10日間ほど、大阪や神戸に滞在した。
その間、沖縄の新聞が読めないので、ストレスがたまった。ストレスの直接の原因は、新聞を手に取って読めないことにあるのではない。
 毎日手に取り目を通す全国紙が、沖縄で起きている重要な問題(多分に全国の人々が共有しなければならないはずの問題)を、ほとんどと言ってよいほど書いていないことへの苛立ち・不満からくるストレスである。
 毎夕のテレビのニュース番組を見ても、全国、大阪ローカルを問わず、沖縄の話題は皆無に等しかった。
 この度のバラク・オバマ大統領と安倍晋三首相の会談に関しても、おそらくそうだろう。
 全国メディアの多くは、「尖閣諸島には日米安保条約第5条が適用される」とオバマ大統領が表明したことで一件落着、との伝え方をするに違いない。辺野古新基地を差し出し、沖縄県民を犠牲にして、米国の歓心を買おうとする日本政府の醜悪さについて、まともに伝えるメディアがどれぐらいあるか、甚だ疑問である。
 沖縄の民意を無視して、普天間の危険除去を口実にした辺野古新基地の建設を強引に進めようとする政府の姑息で横暴なやり口(そのやり口に自ら進んではまり込み、丸め込まれてしまった仲井真弘多知事や自民県連は、もはや論外)。
 同様に与那国島に自衛隊を無理やりにでも配備して隣国を刺激しようとする政府の愚かさと危うさ。
 東村高江集落を囲むオスプレイ用ヘリパッド建設を強行し続けようとする政府の異常性とそれを阻止しようとしている住民や支援者の頑張り。
 教科書採択に関してなんら法的に瑕疵のない竹富町教育委員会を、悪者に仕立て上げ、恫喝し続ける政府の悪辣さ。
挙げればキリのないほどの重要な問題が、全国紙には少しも載らない。
 つまり、沖縄からは「この国の狂った姿」がじつによく見えるが、ずっとヤマトに暮らしている人たちには(まめに沖縄のメディアをチェックしているヤマトゥンチュもいないわけではないが)、沖縄で起きていることの本質がさっぱり見えないだけでなく、「この国の狂った姿」も見えてこないのだ。
 これは温度差などという生易しいレベルの話ではない。沖縄とヤマトの側の「意識のギャップ」は、恐ろしく深刻だということを肌で感じた阪神滞在10日間だった。