沖縄には『闘牛』という文化があります。『闘牛』というとスペインの闘牛が有名で人と牛が戦うと思われている方も多数いらっしゃいますが、日本では牛と牛とが一対一で戦います。農耕用の牛が縄張り争いの習性を『闘牛』として昔々から農民の娯楽として親しまれてきたのが起源と言われています。そんな闘牛を愛して39年になる久高幸枝です。闘牛を撮り続けて、昨年5月には闘牛女子という写真集を出版しました。(ボーダーインクより定価1365円)こそばゆかった『闘牛女子』という言葉にも慣れて最近では自ら『闘牛女子の久高です』と名乗れるようになりました。闘牛の写真を撮るようになったのは小学校の高学年の頃。
私の父が写真が好きで、私たち兄弟が幼い頃はよく写真を撮ってもらっていました。家族写真や、愛牛の写真など。その影響か私も自分の牛を自分で撮ってみたくなったのがきっかけだと思います。『私も撮りたい!』と父にせがんで買ってもらったカメラは父、自慢の一眼レフとは違い、本当に小さなコンパクトカメラ。フィルムを入れるのも簡単で、シャッターを切れば誰でも簡単に撮れるというカメラです。一番初めに撮ったのは多分、小学校5年生の時。私の一番最初の牛のデビュー戦でした。撮れる自信もないのに一人前にカメラを持っている自分が恥ずかしくて、闘牛場の一番遠く、離れているところからこっそり撮っていました。ファインダーからのぞく愛牛はかっこいいのに『パシャ!』というシャッター音が恐る恐るしか押せません。しかも、ほんの1分ほどで愛牛は勝利!!シャッターチャンスもあったもんじゃない。今でもその写真が残っていますが、大きな牛が本当に小さく小さく写っていて、自分の牛??って感じです(笑)牛舎に戻って記念撮影♪ピントも微妙でアングルもフレーミングもあったもんじゃないけど、それでも勝った喜びは、私の心と写真に刻まれました。デビュー戦の後、現像された写真を見ると反省が生まれてきました。自分じゃなきゃ、わからないくらい■ 牛が小さく写っている…もっと前から撮っていれば、牛の表情や動きが分かるのではないか。
■ 前の人の頭が写っている…。正直、前の人の頭なんて写らないほうがいいに決まっている。など。初めはこんな小さな反省。私のコンパクトカメラには望遠レンズはついていなかったので、父からは『次はもっと近くに座って撮るように』と助言をもらいました。反省してだんだん、うまくなるんだと言い聞かせ、カメラと格闘する毎日が始まりました。私は写真やカメラが大好きというわけではないので『撮影を練習した』という意識はありませんが、日頃から牛の動きや大会中の技を理解していくうちに次の動きを予測できるようになります。そうそう、牛って、それぞれ、得意技があるんですよ。人間でいうプロレス?ボクシング?でもそうだと思いますが(すみません、人間の技がわかりません)日頃の稽古で自分の角の方向や身体の強いところが分かっていて、有利になるように戦います。技には『掛け』-相手の角に自分の角を掛けてひねる。そうする事で相手は首が曲がって気道が狭くなることで呼吸が苦しくなる。               『割り』-相手の額を角で突く。衝撃を与える。『押し』-額を押しつける。掛けからの押しが有効。『もたせこみ』-全体重を相手に掛けてのしかかり体力を奪う。『腹取り』-横腹を狙って相手の戦意を奪う。があります。技を予測することで動きの速い闘牛にピントを合わせることが出来ます。即効型の短期間で技を決めて終わらせる牛もいれば、ゆっくり技を仕掛けていく長期戦型の牛もいて、それぞれが、それぞれに面白いんです。闘牛大会では一日の大会で10組、20頭の牛が戦います。その中で約1000枚ほどの写真を撮りますが納得いく撮影が出来たのはほとんどありません。先ほど、『予測する』と書きましたが、かれこれ30年近く、闘牛の撮影をしていますが、1000枚のうち、公表できる写真が撮れたのは1枚、あるか、ないかの世界です。そのくらい牛の動きは俊敏で予想できないのです。だから面白いのだと思います。左目で牛の動きを追い、右目でピントを合わせます。場所の移動もせず、トイレも行きません。その時の私はあり得ないほど真剣で、恐ろしい眼差しをしているのだと思います(笑)それほど集中できるのは、やっぱり牛が好きだから。