周知の通り、普天間基地の「辺野古移設」の是非が最大の争点となった名護市長選挙で、「辺野古の海にも陸にも新たな基地は造らせない」との公約を守り抜く稲嶺進市長が再選された。
 この結果を140万県民の一人として誇りに思い、素直に喜びたい。札束で人の顔を叩いて歩くような恥知らずな政府の圧力にも、横暴な政府に過剰同化してみせる公約違反の仲井真弘多知事らの圧力にも、名護市民は屈しなかった。「県内移設拒否」の希望の灯は消えなかった。名護市民が守り抜いてくれたのだ。
 「辺野古新基地ノー」の沖縄の民意を、良識を、改めて明確な形で県内外、国内外に示してくれた名護市民の皆さんに、深く感謝し、心からお礼を申し上げたい。

1月19日。投票箱が閉まって間もない20時すぎ、稲嶺進陣営の選対本部では、早くも「再選確実」の沖縄タイムス号外が配られた

一地方の市長選挙に凄まじい数の報道関係者が押し寄せた。その意味の重さを噛みしめ、同時に国策に翻弄される市長選の理不尽さを改めて問いたい

稲嶺陣営の勝手連的応援メンバーは投票率をあげるための地道な努力も重ねていた

1月19日。投票箱が閉まって間もない20時すぎ、稲嶺進陣営の選対本部では、早くも「再選確実」の沖縄タイムス号外が配られた 一地方の市長選挙に凄まじい数の報道関係者が押し寄せた。その意味の重さを噛みしめ、同時に国策に翻弄される市長選の理不尽さを改めて問いたい 稲嶺陣営の勝手連的応援メンバーは投票率をあげるための地道な努力も重ねていた

 この「タイムス×クロス」の第1回原稿「『辺野古新基地』のナンセンス―いま一度『オール沖縄』で『県内移設反対』の民意を構築しよう!」http://www.okinawatimes.co.jp/cross/?id=11(2013年12月5日脱稿)の最後を、わたしはこう締めくくっている。
 《来年1月の名護市長選は、その意味でも非常に大切であるし、仲井真弘多知事が「沖縄の総意」をしっかりと受け止めて「埋め立て不承認」の判断をしてくれるものと信じたい》

 あれからわずか1カ月半の間に、事態はめまぐるしく動いた。
 まずは仲井真知事が民意を裏切り、自民県連同様「県外移設」の公約を破り捨て、開き直った。
 12月17日、首相官邸での沖縄政策協議会に出席するために上京し、いかにも辺野古新基地受け入れのためとしか思えぬような「普天間の5年以内の運用停止」などの要望を政府に伝えた。そうしてそのまま、持病の悪化にともなう検査入院を理由に東京に滞在し続け、県民の声に耳を貸さず、政府関係者と密談を繰り返した。

 25日には、再び安倍晋三首相や菅義偉官房長官と会談し、政府の「口約束」を「驚くべき立派な内容」と大仰に称えてみせ、「140万県民を代表して感謝し、お礼を申し上げる」とまで言い放ってしまった。その後記者団に囲まれて、3500億円ほどの沖縄振興予算を「有史以来の予算」と表現し(大田知事時代には4800億円の予算が組まれており、そもそも間違った発言)、「いい正月になるなぁ」とまでうそぶく始末。
 異常なまでに政府の思惑にすり寄り、言いなりになる知事の言動に、沖縄県民としての誇りと尊厳を著しく傷つけられ、怒りを通り越して、恥ずかしさと悲しさを覚えた県民は多かった。沖縄県民にとっての新たな「屈辱の日」といっても過言ではなかった。とんだクリスマスであった。

 しかし、NHKはじめ在京全国メディアは、政府に対して「140万県民を代表して感謝し、お礼を申し上げる」知事の映像を繰り返し流した。沖縄の現実をよく知らない全国の多くの視聴者に重大な誤解を与えたことは間違いない。
 それからわずか2日後の12月27日、真っ当な「県民の総意」に基づく「埋め立て不承認」への期待は、この「有史以来」最悪の沖縄県知事によって、簡単に踏みつぶされてしまった。
 県民に対する説明責任をなんら果たさず、県外移設の公約は変えていない、などと詭弁を弄し、独善的な暴走状態に陥ったまま「辺野古埋め立て承認」の結論を出してしまったのだ。

 その日の記者会見は、当初予定されていた県庁では行われなかった。抗議の市民が1500人以上も詰めかけていたからである。
 知事公舎で読み上げた表明文には、にわかには信じられないような文言があった。
 「安倍内閣の沖縄に対する思いが、かつてのどの内閣にも増して強い(と感じたところでございます)」と、知事は言ったのである。