もう聞き飽きたと思わないで、何度でも基本に戻って復習のつもりで、まずはサラッと読んでみて下さい。専門家じゃないからこそ幼稚な目線で書いてみるので、近いレベルの人と対話のキッカケになったり、何かしら意義がありますように。

 私の知識レベルで原稿用紙1枚分ぐらいで、沖縄の戦後70年(戦後68年)をだいぶ簡単に遡ってみる。戦後の米軍統治下で、自治が認められず、人権が脅かされる非民主的な社会の中で、米軍基地を造るために土地を無理やり奪われた住民の怒りが沖縄全体に広がった「島ぐるみ闘争」や、1970年に小さな事故から発展した「コザ暴動」など、米軍の圧政に対する怒りが大規模な運動を後押しし、1972年の沖縄の日本復帰を勝ち取った。

 なのに、それ以降も減らない米兵の事件事故とその罪を問えない地位協定に対して、1995年の米兵による暴行事件で我慢の限界を超えた沖縄県民の怒りが通じて、1996年に「沖縄の基地負担軽減」の為の「SACO合意」を結ばせた、と思ってた。でも、蓋を開けてみたら普天間基地はタダで返してくれるわけではなく「移設」の条件がついてた。「移設」とは何とも美しい表現だけど、つまりこれは「戦争のどさくさで土地を奪われて基地にされた」というここまでの基地問題と全く違い、「戦後70年近くも使い古した基地を浄化する義務もなくポイ捨てさせ、初めてこちらから新たな土地とお金を差し出して最新鋭の基地を新築」させるのか、そしてまたここから新たに子孫にまで迷惑施設と汚染された土地や海を遺すのか、という、この70年で「新たに」「初めて」の一線を踏み越えるかどうかの歴史的岐路に立たされてる大問題。

 ドクターヘリが民間の寄付でギリギリ運営されてたり、認可保育園の不足とか医療の保障とか就職率とか非正規雇用とか、もしも税金が余ってるなら助けてほしい所はたくさんあって、それでも少しでも多く被災地におくって欲しい今でもなお、米軍に多額の「思いやり予算」をおくる全国民に問う事もなく「移設」で「合意」してるのは誰?

 私は普天間基地の滑走路から数百メートルに住む宜野湾市民なので、自分に迷惑な物を誰かに押し付けたくはない、ましてや私の税金が高く取られて他人の戦争の為の最新鋭基地に使われるなんてもってのほか。「普天間の固定化」とか脅し文句にして支援者との約束である「公約」を裏切っちゃう政治家とか出てきてるけど、世界の米軍様があの古く手狭な普天間基地を、今後も日本に気遣いながらチマチマ修理しながら長年お使いになりたいと思う?

 新基地の設計図には、普天間基地にはなかった施設もいろいろ豪華オマケがついてるあたり、もはや「移設」なんておこがましい。しかも専門家に聞けば、米国的にも国内の経済状態が悪化してきたので、海外の基地を縮小したい所だったから、別に「移設」しなくても在沖の兵隊も減る予定らしいじゃないですか。でも、日本が思いやり予算も施設も用意してくれるなら、そりゃぁ頂ける物は頂きたいでしょう。じゃぁ米軍を引き止めてるのは誰?