【石垣】戦時中、尖閣諸島海域で米軍機の攻撃を受けた疎開船の犠牲者らを悼む尖閣列島戦時遭難死没者慰霊祭(主催・同遺族会)が3日、石垣市新川の同慰霊碑であり、生存者や遺族ら約40人が参列した。1人ずつ焼香して御霊を慰めながら、尖閣をめぐる日中関係悪化による「紛争の海」が「平和な海」になるようにと恒久平和を祈った。

慰霊碑に手を合わせ、犠牲者の冥福を祈る遺族ら=3日、石垣市新川・尖閣列島戦時遭難死没者慰霊之碑前

 遺族会会長の慶田城用武さん(73)は「遺族の願いとは裏腹に、魚釣島近海は領有権をめぐる日中の争いが悪化している」と懸念し、政府が計画する石垣島への自衛隊配備を「石垣市は日本の領土、主権を守るためといえども自ら捨て石になってはならない」と指摘した。

 事件は1945年7月3日。台湾へ向かう疎開船2隻が米軍機の機銃掃射を受けて1隻が沈没、もう1隻が航行不能となって遭難し尖閣諸島の魚釣島へ漂着した。慰霊碑は犠牲者ら約80人が刻銘されている。