台所から政治の舞台に挑んで12年、那覇市議時代も含め4戦4勝を誇る4児の母の“初の敗北”だった。「痛切に、大変に残念です。私は今日、去ります」。投票箱の閉まった直後の午後8時2分。島尻安伊子さん(51)は、伊波洋一さんの万歳する姿を映すテレビ画面を横目に、背筋を伸ばして気丈にふるまった。

相手候補当確のテレビの速報を受け、支持者に頭を下げる島尻安伊子さん(左)=10日午後8時2分、那覇市松山の選挙事務所

 あまりにも早い「敗戦」の一報だった。夫の昇さん(58)とともに那覇市松山の選挙事務所に現れたのは午後7時58分。その2分後には次々と報道各社が伊波さんの当確を報じた。

 椅子に深々腰掛けた島尻さんは、テレビ画面に伊波さん当確のテロップが躍るたび、指をさして黒目がちの瞳を見開き、涙をこらえるかのように唇の両端を何度も何度も結び直した。

 沖縄担当大臣として、県内選挙区唯一の与党国会議員として、絶対に守り抜きたい議席だった。かつてなく「波高し」の選挙戦。居酒屋回りを終えて深夜2時すぎに帰宅し、まだ明けきらない午前5時半に家を出た。163センチの体から想像もできない体力で沖縄中を駆け抜ける母を、県外に住む子ども4人がそろって帰郷して支えた。昇さんも、演説で声をからして固形物が喉を通らない妻のために汁物をこしらえた。

 それでも、伊波さんに及ばなかった。普天間飛行場の「県外移設」を公約に勝利した6年前の参院選。公約を翻し2013年、「辺野古容認」に転じた。「それが敗因か」と記者団に問われた島尻さんは「そう思っていません」ときっぱり。「直接、選挙戦で有権者に聞かれたとは感じていません」。淡々とした表情に悔しさがにじんだ。

 今後の進退は「白紙です」。大臣から一主婦に戻るかどうか、明言しないまま支持者らの拍手に送られながら事務所を去った。