天皇陛下が皇太子さまに皇位を譲る「生前退位」の意向を示していることに、沖縄県内でも驚きの声が上がった。戦没者の「慰霊の旅」を続けてきた陛下と接した県内の戦争体験者や遺族らは、「慰霊の気持ちに一区切りついたのでは」「皇太子さまも平和の思いを引き継いで」などとさまざまな思いで受け止めた。

対馬丸の遺族や生存者と懇談する天皇、皇后両陛下=2014年6月27日、那覇市若狭・対馬丸記念館

 天皇陛下は2014年6月、那覇市の対馬丸記念館を訪問し、遺族らと懇談。案内役を務めた対馬丸記念会の外間邦子常務理事(77)は「予期せぬニュース」と驚きを隠さない。「慰霊の旅」を続けてきたことに触れ、「慰霊のお気持ちが一区切りついたのでしょうか。遺族として今はそういう受け止めしかできません」と思いを語った。

 「同世代が犠牲になった対馬丸撃沈事件に対する思いが深かった」と語るのは高良政勝理事長(76)。「天皇について沖縄ではさまざまな考えがあるが、訪問された際には犠牲者への思いが伝わった」と振り返り、「皇太子さまもその平和の思いを引き継いでくださるだろう」と願った。

 05年7月には、激しい地上戦があったサイパン島を訪れ、当初の予定になかった「おきなわの塔」に立ち寄った。

 陛下に同行した平良善一さん(86)は「おきなわの塔を拝礼していただいたことで、戦争に一区切りついた。陛下は戦後の償いをしっかり果たしていただいたと思う。退位されるなら、ゆっくり過ごしてほしい」といたわった。

 15年4月には激戦地だったパラオを訪問。テレビでその様子を見守っていた沖縄パラオ友の会の田中順一代表(83)は「高齢にもかかわらず訪問してくださりありがたかった。民間人犠牲者の慰霊碑であるコロール島の沖縄の塔も参拝していただきたかったが、これから皇太子さまが行かれることを願いたい」と期待した。

■「退位、複雑な心境」志田房子さん

 天皇、皇后両陛下と長年交流のある琉球舞踊重踊流初代宗家・志田房子さん(79)は「昨年お会いしたときは健やかな様子だった。報道を知り、驚いている」と語った。

 昨年11月、両陛下は東京都渋谷区のセルリアンタワー能楽堂で開かれた琉球舞踊公演に出席。志田さんの娘で同流2世宗家・志田真木さんの舞台を観覧した。

 公演では陛下が皇太子時代に詠んだ琉歌に、志田房子さんが振り付けた舞踊「今帰仁の桜」などが披露された。

 志田さんは「ご年齢からするとご公務はとてもハードだったのでは」と体調を気遣いつつ、「ずっとずっと(公務を通じて)国民と接していただきたい気持ちもあり、複雑な心境です」と思いを語った。

■沖縄への思い「お言葉」で振り返る

 沖縄戦体験を背景にした皇室に対する複雑な県民感情のある沖縄に、天皇として初めて来県した天皇陛下。皇太子時代から沖縄文化への造詣が深く、沖縄学の第一人者、故・外間守善法政大名誉教授から「琉歌」の手ほどきを受けるほどだった。並々ならぬ思い入れがあるという沖縄を巡る「お言葉」を振り返る。

 1993年、59歳で天皇として初来県した。全国植樹祭式典出席のためだったが、来県初日は南部戦跡を訪問。昭和天皇の果たせなかった沖縄への「慰霊の旅」を実現したいとの強い意向-と当時の本紙は伝えている。

 沖縄戦遺族に「住民を巻き込む地上戦が行われ、20万の人々が犠牲になったことに、言葉に尽くせぬものを感じます」との哀悼の意を示した。

 普天間飛行場の返還が発表された96年、63歳の誕生日会見では「沖縄の問題は、日米両国政府の間で十分に話し合われ、県民の幸せに配慮した解決の道が開かれていくことを願っております」と発言。沖縄戦や米国政権下の歩みに触れ「沖縄の歴史を深く認識することが、復帰に努力した沖縄の人々に対する本土の人々の努めであると思っています」と語り掛けた。

 学童疎開船「対馬丸」が海底から発見された97年にはこう詠んだ。

 〈疎開児の命いだきて沈みたる船深海に見出だされけり〉